2002年3月上

●2002年3月9日(土)

雑誌の撮影が無事終わり、もう1本の小さい撮影が終わったのは5時半。
そして、次はインタビューだった。
レコード屋さんなどに置かれる、小さい雑誌の。
1時間で終わるつもりが、若くてかわいらしい3人組みだったので
ついついおしゃべりに。
私はおばちゃんのようなノリになって、「食べなー、ぜんぶさらって」 と、撮影の残りの料理を調子にのって出していた。
皿まで洗ってくれた彼らたち。だからというわけではないが、 うーん、いい子たちだった。

音楽の話で、彼らはフィッシュマンズについて聞きたかったらしいのだが、 なんとなしに、コンポステラの今は亡き、篠田君の話に。
編集君は若いのに、篠田君やらコンポステラやらミュートビートやら、 私の世代のミュージシャンが好きだったので。
それは、彼と音楽の趣味が似ているということなのだろう。
インタビューが終わってから思ったのだが、私の好きなミュージシャンに共通しているのは、詩だな。それは歌詞とか言葉とかいう意味の詩ではなくて、 詩的というのだろうか。音と詩と声と演奏する彼らの動きのすべてから醸し出される、 発酵した風景のようなものだ。
最近は、「ポートオブノーツ」が好き。
クウクウのシタ君が教えてくれました。
あの、センチメンタル風だけど、実は逆のところにある、はちみつがたれてくるような、指につくような景色に私はひたっています。
まだライブを味わってないので、たのしみだ。

さすがにくたびれたので、温泉枕をふたつもチンして温め、 首の裏と、腰や背中に当てながらぐったり眠りました。
それで今さっき起きて、これを書いているところ。

そういえば、インタビューの女の子が、私の料理について初耳なことを言っていた。
高山さんて、料理を作っている時はひそやかな感じだのに、でき上がった料理がダイナミック?とか、勢いがある?それでアンバランスな感じだとか言っていた。
彼女は私の料理教室(朝日カルチャーの)にも来ていた娘だ。
ふーん、見られているもんだ。ありがたいことです。

いま、私の頭には脱脂棉がつまっている。
ふわふわしたものではなく、みっしりと折り重なって、 言葉が緻密にすき間なくつまったものが。
だからもう寝ます。これを書いていたら、脳がぐらっときたので。

●2002年3月8日(金)

ドキュメント撮影のために、らくだちゃんたちが来た。
きょうは、休日の自宅風景を撮影するのだそう。
私は朝(といっても昼だが)、起きたままの格好で待っているのは、 そこまでしなくてもいいなとは分かるのだが、風呂に入って、掃除機はかけないでおいたらいいのかとか、洗濯ものは?髪形は?などとぼんやりした頭で考えて、とりあえず中くらいのプライベートでいくことにした。
テレビはビジュアルだけど、ドキュメントなので、見た目だけではないなと判断したので。
休日といえど撮影だから半分は仕事だし、どんな格好をしていても、 自宅にいる時の高山の顔は表われてくるものだろうと判断したので。

けっきょく、インタビューでものすごいしゃべってしまった。
らくだちゃんて、質問のつぼをたぶん直感的にわきまえていて、 良い聞き方をするなーと思う。
きまりきってないし、少なめの言葉で質問してくるので、 私の話は別のところにまで飛躍する。そして、その飛躍にしっとりとやわらかくついてきてくれる感じ。
だから、私が今現在気になっていて思っていることの方に、つい話がなってゆく。
そしてそれは、私もいちばん話したいことなので、たのしいので、どんどん話してしまう。そんな感じだ。

カメラマンさんは、撮る。なにしろ撮るというスタンス。
ずっとカメラをのぞいていて、私が動くと、ズーーーーイとゆっくり低姿勢のままカメラがそれを追って、気がつくとカメラにじっとりと見られている。「いま撮らないで」と言っても、「撮ってますよー」と低い声で言って、びくともしない。
けっきょく10時過ぎに終わり、そのまま夜ごはんタイム。
ビールもけっこう飲んでしまった私。カメラはまわってないのに、 いつ写されてもおかしくないという気分が抜けませんでした。
みんなが帰ってからも、テーブルの下にカメラマンさんがかくれているかも?ってふと思うような感じ。
そして、音声さんて、撮影の時はただそこにいるっていう感じで、威圧感を残さない人なんだけど、すごく細かい深いところまで見られていたなー、 と思わされる発言をしていた。ちっとも酔っ払ったように見えない彼が、 ビールを飲みながら、もそっと、クールに。
肉声っていうものは、じっと入り込んで聞いていると、 とんでもなくいろいろな事が分かるのかも。

●2002年3月6日(水)

きのうもらって帰ったあさりを潮汁にしたら、ものすごいうまみ。
昆布の小さいのと酒と塩だけの汁なのに、あさりの精が強いのか。
どうして魚屋で買ったのとはちがうのだろう。
単に新しいとかそうでもないの問題だけでは解決できないうまさだと思う。
別の種類の貝みたい。身がぶりっとしている。これが産卵期というのだろうか。
きのうのまかないでは味噌汁にしたので、ここまではっきりとは分からなかった。
あさりと塩、両方ともがすごいのだ。昆布はおよびでなかったなと思う。

きのうは小雨が降って寒かったけれど、きょうは完全な春のようなあたたかさ。
窓を開けると、ウィーンウィーンとどこかで工事をしているらしい音が、 遠くの方から聞こえてくる。
暖かい陽気と、工事の音ってぴったりの組合わせだなぁと、なんとなしに思う。

午後からはテレビの打ち合わせ。
他の2品はさらりと決まったが、ボリューム満点おかずというので苦戦。
高校生の男子が帰って来て、うぉー、うまそうじゃん!とかっこむようなメニュー。うーん、しょうが焼きかトンカツしか思い浮かばん。

そして夜はクウクウが終わって、ゴキブリ消毒。
青いツナギのゴキブリバスターズのご夫婦がやってくれている間、 リーダーのひとり暮しの部屋におじゃましました。
台湾みやげの蓮の花のお茶などいただく。でっかい蓮の花のつぼんだのが、 ポットの中でふくらんでいた。梅干しのような、わずかにハイビスカスのような、 ほんのりとおいしいお茶。

●2002年3月5日(火)

クウクウは遅い時間からけっこう混みました。
バタバタとまかないを作っていたら、リーダーが実家から送られてきたあさりやら小粒のカキやら、ひなまつりについた紅白の丸餅を持って来てくれた。
広島のあさり、潮干狩りで採ったあさりだ。
スイセイの実家も広島なので見たことがある。ここいらでは潮干狩りはレジャーではなく、 晩ご飯や、明日のおつゆ用にと、プラスチックのバケツを横に置いたおばちゃんたちが、 大きいおしりをこちらに向けて、ぽつんぽつんと浅瀬にしゃがんで収穫しているのだ。
カキは、リーダーのおじさんが採った。
そして、れんこんとクワイの揚げせんべいは、料理じょうずのお母さん作。
薄くて香ばしくて薄塩で、毎年同じ味と形と揚げ具合。
料理の先生だってこんなにじょうずにできないよ、といつも思う。
こういう、家庭のお母さんがなにげなく作る料理っていいなあ。
いつも作りなれているものの、圧倒的な図太さがある。安心感か。
毎年、この季節になると送ってくださる、春の訪れを告げる収穫物。

●2002年3月4日(月)

昼過ぎに起きた。
「リゾット風雑炊になってしもうた」とスイセイが作ってくれた朝ごはんは、 玄米に、さつま揚げやベーコンやクレソンの茎が細かく切ったのが入っていた。
味つけは塩だけなのだそうだ。なのにだしが出ていて和風でおいしい。
私はすりごまをたくさんかけて食べました。ところで、スイセイはリゾットの意味を分かっているのだろうか。

あまりにも天気がいいので散歩がてら電気釜を買いに。
どれも過剰な機能がついていて、掃除機みたいに流線型をしていて、うんざりしました。
スイッチひとつで炊ける電気釜って、今どきどこをさがしてもないのだろうか。
けっきょく、中でもいちばんシンプルなのを買ってきた。
帰りにそば屋に寄って、てんぷらそば。スイセイはとろろそば。
ビールのつきだしに、こごみのおかか和えが出てきた。
こういうなんでもなく気のきいたつまみが出てくるのがうれしい。
そして、お互いにたのんだものをとちゅうで交換して食べ合うのが、 いつも私たち夫婦のおきまりだ。
お金を払う時、おばさんが「いいわねー、ごはんがおいしく炊けますねー」 と、電気釜の箱を見て言っていた。

おいしい魚屋さんで、ひらめの刺身と甘だいのひと塩と、鮭のカマともずくを買う。
ここの魚屋さんは、刺身を買うとその場でお造りにしてくれ、小菊の花はもちろん、 ハマボウフウなんかもさりげなく添えてくれる。
魚の新しさは歴然だし、おじさんたちもいつもきりっと良い感じで、魚屋の仕事がほんとうに好きだっていう空気がいつも伝わってくる。しかも、安いのだ。
だから、週に1回はここで買っている。
夕暮れの帰り道、梅やら沈丁花のにおいがしていた。
春が来るというのは、それを想うだけで、はーっと良いため息が出る気持ち。

●2002年3月3日(日)

ドキュメントの撮影で、今日はクウクウで働く私を密着取材。
午後1時に自宅に集合して、朝ごはん風景などを写し、さあ出発。
カメラマンさんは、私の横や後ろにまわって自転車に乗りながらカメラをまわす。
魚屋で仕入れ撮影を終え、じゃあ先に行ってますねと自転車をこいで横断歩道をわたり、角を曲がったら、カメラをかついでのぞいたままのカメラマンさんが、とつぜん私の横を走っている。
すぐ後ろには、棒にボアボアしたマイクを掲げた音声さんが、奥さんみたいにはりついている。
いったいみんなどうするのだろうと思っていたら、そのまま私のこぐ自転車の横や後ろを、 カメラマン、音声さん、らくだちゃんが走って追いかけ、クウクウに着きました。

撮影用にひさびさに田舎パンを作ってみたが、サンの方がいつも作り慣れているからよっぽどコツをわきまえている。練り方もダイナミック。とちゅう、何度も質問をしました。
すべてにおいて、私はレシピを考えるだけで、最初はいろいろ教えるけれど、 実際に作り続けるのはスタッフなのです。そんな話をカメラマンさんにしながら、 そういう目で見て働いた一日でした。
クウクウのスタッフたちって、いつのまにこんなに育ったのだろう。
育ったなどと言ったらおこがましいくらい。すごいなあと感心。

それにしても最初から最後まで、私は少し興奮しているのか、おしゃべりになってしまい、 うるさい自分だなあと、客観的に思いました。
帰ってから、スイセイとワインを飲みながらホームページについていろいろたのしく語り合い、最後は喧嘩にもなって、明け方ふたりで寝た。
やっぱり、私は興奮していたのだな。

●2002年3月2日(土)

鍼に行って来ました。
体がふにゃふにゃになると、気持ちもやわらかくなるのだな。
ソーセージとかぶがあったので、白いシチューにした。
かぶは大きく切って形を残そうとしたのに、ぐずぐずにくずれてとろみの一部になった。
けど、それがとてもおいしかった。
無人野菜売り場のところで買ったブロッコリーもゆでて食べました。
なぜか無人ではなく、農家のおじさんが縁側に座っていて、おじさんにお金を払った。

●2002年3月1日(金)

撮影が終わって、パタンと寝てしまった。
私はくたびれるとほんとうにだめ人間になる。
某雑誌の編集者さんからの電話で起こされ、決定のはずの企画が通らなかったことがわかって、 「他の先生にお願いしたらどうですか」と、ぐずる子供のように怒ってしまった。
向こうだって困ってらっしゃるのに。
話している間に気をとり直し、もういちど初めからメニューを考えることに。
そうしなければならないことは分かっているのだから、文句を言わずにやればいいのだ。
メディア上のそういったもろもろのアクシデントに立ち向かうのが目的で、 私は仕事をしているわけではないのだから。ひとり暮しでがんばっている女の子たちに、 自炊すると楽しいですよーと、おいしくて簡単な料理を紹介することが私のやりたい仕事なのだから。

夜は、家族3人でみみずの生態のテレビを見ながらごはんを食べた。
撮影の残りのスープと鮭の焼いたのと、買ったコロッケとクレソンのサラダ。
りうも寝不足でくたびれているので、なんとなく皆何もしゃべらずに、ぼそぼそと食べました。
クレソンのサラダには、にんにくじょうゆに米酢とごま油をほんのちょっと。すり胡麻をかけて。
酢がおいしいと、なんでもおいしくなる。


日々ごはんへ  めにうへ