2025年     めにうへ

●2025年3月28日(金)ぼんやりした晴れ

きのうは、銀行や美容院に行くために、久しぶりに外出した。
そしたらあちこち花盛りで驚いた。
まず、坂のとちゅうのユキノシタが満開。
交差点のコブシや木蓮も満開。
桜もちらほら咲いていた。
この間、マメちゃんと坂を下りた日には、交差点のところの木蓮はまだ蕾が硬く、白い花弁がのぞいていたのはひとつかふたつしかなかったし、桜の蕾もようやくピンクがかってきたところだった。
わずか5日の間にこんなになったのか。
黄砂が盛大に舞った二日間は、初夏みたいに暑かったものな。
今朝は玄関を網戸にし、窓を開けている。
曇っているけれど、海に陽が差している。
山口のあっちゃん(「クウクウ」時代の厨房仲間)が、友だちと神戸に遊びにくるそうなので、お昼ごはんを食べにうちにおいでと誘った。
もうじきお昼。
まだ、メールが来ないけど、どうしているかな。
なんかのんびりしていていいなあと思うので、わざと連絡していない。
夜ごはんは、あっちゃん&お友だちの家族と、夙川の明石焼き屋さんで。

●2025年3月26日(水)晴れ

今朝も眩しくない太陽。
6時15分に起きたので、陽の出は見逃したけれど、レモン味のタブレットがぽっかり浮かんでいた。
きのうよりも、ちょっとオレンジがかっている。
黄砂のせいもあるのかな。
ラジオの天気予報では、今日の夕方くらいまでは黄砂が飛んでいるそう。
大阪の街はまったく見えないし、対岸も厚い靄に包まれて白く膨らんでいる。
去年私は、黄砂の時期に熱を出したから、きのうも今日も窓を閉め切って過ごしている。
花粉症で目がかゆいので、本当は眼科に行きたいのだけど、外出せずにずっと家にいる。
春を通り越し、初夏みたいな陽気だけれど、玄関を網戸にしているので、閉め切っている感じにならないのがありがたい。
朝から、冬用のベッドマッドを洗ったり、きのう手洗いしておいたセーターをしまったり。
2階の寝室はよく陽が当たって、温室のよう。
中野さんの家では、去年巣立ったツバメが戻ってきているのだそう。
早いなあ。
きのうは、「ソラノマド」の原稿がずいぶんいいところまで書けた。
今日は仕上げをして、丹治君にお送りしよう。
送ってしばらくしたら、丹治君からとても嬉しいお返事が届いた。
そして、ひとつだけご指摘をくださった。
よし、もうひと頑張り。
夜ごはんは、この間文子さんにいただいたポルケッタ(イタリア風ローストポーク。オーブンで温め直した)、人参とキャベツのコールスローにアボガドのせたサラダ(種の穴にマルフーガ社のオリーブオイルを注いでみた)、トマトとミニトマトのサラダ(玉ねぎのみじん切り)の一皿盛り。
『ブラウン神父』シーズン6を見ながら食べた。
お風呂上がり、大阪の夜景が少し見えるようになってきた。
窓を開けると、ちっとも涼しくない。扇風機がほしいくらい。
夜、「ソラノマド」の第2話がアップされた。

●2025年3月24日(月)曇り一時雨

6時前に目覚め、カーテンをめくると一面が乳白色だった。
もうずいぶん長いこと、曙の空を見ていない。
このごろは何時くらいから、オレンジの帯が出はじめるんだろう。
太陽は、今朝も靄がかかっている。
レモン味のタブレットみたい。
マメちゃんもこのところ毎朝陽の出を見ているそうで、文子さんたちの部屋から描いたスケッチには、「眩しくない陽の出」と書いてあった。
マメちゃんの言葉はいつも、短いセンテンスでどんぴしゃ。
対象から突き放したところに自分を置いて、立っている気がする。
鉛筆の太い文字の中には、喜びや悲哀みたいなもの、ちょっとしたユーモアも隠されている。
えらそうなことは言えないけれど、そういうところが私は好き。
今朝は雲が厚いみたい。
太陽が昇ったとき、カーテンのオレンジ色もなかったから、まったく見えなかったかも。
春って、いつもこんな感じだったかなあ。
窓を開けると、生ぐさい匂いがした。
道路や地面が熱を帯び、生物たちがうごめいている匂い。
これもまた、春の兆し。
朝ごはんの前に、きのう焼いたシフォンケーキを型からはずした。
ものすごくきれいにできた。
これまでで一番うまくいった。
ケーキの表面が、薄茶の絹地のように繊細だ。
ナイフを気持ち外側(型の側面)に向け、スーッスーッと型の方を回しながら、均一の速度でゆっくり動かすといいみたい。
メレンゲに生地を混ぜるときのニュアンスも、きのうポイントをつかめたような気がする。
まだ切っていないので、中の空洞は分からないけれど。
うちのオーブンはアナログで、最低が180度なので、23分くらいのときに火を消し、あとは予熱で焼いたのもよかったかも。
そういえば去年の3月は、中野さんがサンポチカに通って、壁画を描いていた。
完成した絵を中野家のみんなと見にいき、絵の前で記念撮影をしたのはいつだったんだろう。
お昼にはKYKのトンカツを食べた。
トンカツはお父さんの大好物だ。
去年の日記を振り返ってみても、あの日のことは出てこない。
私は臙脂色の冬のコートを着ていったから、まだ寒かったんだと思う。
そして私はパソコンを新しくし、ファビオに教わりながら奮闘している。
そうか、このパソコンは1年経ったのだな。
今日は、この間から書いている「ソラノマド」の原稿の続き。
行きつ戻りつ、なかなか前に進まないけれど。
夕方、窓がガタガタ揺れて、強い風が吹いたかと思ったら、雨が降ってきた。
そして、すぐに上がった。
今は、空も海もうっすらと青い。
夜ごはんは、塩サバ(大根おろし、文子さん作の塩柚子)、韓国風ごぼうとにぼしのきんぴら、蕪と蕪の葉の鍋蒸し炒め、納豆(卵、ねぎ)、干し椎茸の味噌汁、ゆかりおにぎり。

●2025年3月23日(日)晴れ

7時に起きた。
春みたいにぽっかぽか。
朝ごはんを食べ、亜由美さんにいただいた椎茸を厚めに切ってざるに並べて干した。
シチュー用の牛肉の塊は、きのうのうちに切り分け、塩、黒こしょう、飲み残しのランブルスコ(赤ワインがなかったので)に浸けておいた。
あとで玉ねぎをよく炒めて、カレーを作ろうか。
ビーツもディルもトマト缶もあるから、やっぱりボルシチにしようか。
きのうマメちゃんは、朝陽の風景を描くとかで、5時45分に起きて文子さんたちの部屋に行った。
コーヒーをごちそうになり、ファビオの絵もたくさん見せてもらったんだそう。
私は8時過ぎまで寝ていたのだけど、起きたとたんに鼻水がひどく、止まらなくなった。
ヒノキ花粉が飛びはじめたのだ。
それで、マメちゃんを見送りがてら、てくてく歩いて六甲道の耳鼻科に行った。
このところの鼻のかみすぎで、粘膜が炎症を起こしているような気がして、鼻の穴の奥までカメラで診てもらったのだけれど、キズもなく、どこもすっきりときれいだった。
ほっと安心。
花粉症の飲み薬と、目薬をもらって帰ってきた。
これまで私は、花粉症の薬をずっと敬遠していたのだけど、あまりに辛かったので、きのうから飲んでいる。
おかげで今日は、びっくりするほど調子がいい。
夕方、ボルシチを煮込みながら、シフォンケーキを焼いた。
夜ごはんは、ボルシチ(牛肉、玉ねぎ、人参、蕪、キャベツ、ビーツ)、キャベツと人参のコールスロー(ディル、手作りマヨネーズ)。
そしてまた、『ブラウン神父』を見はじめた。
シーズン6になって、私の好きなシドが帰ってきた。

●2025年3月21日(金)晴れ

夕方、文子さんたちの部屋の窓の景色をスケッチするために、マメちゃんと亜由美さんが来た。
野菜もカゴいっぱいに持ってきてくださった。
「FARMSTAND」のタクちゃんが、亜由美さんの車を運転してふたりを送り届けてくれたので、あちこち部屋を案内した。
そのあとで、文子さんとファビオのところへ。
私も冷蔵庫にあるもの(北欧風じゃがいものお焼き、ミニカバブのタネ、キャロットラペにイタリアンパセリをたっぷり混ぜたサラダ)を持っていった。
文子さんのキッチンからは、摩耶山にちょうど夕陽が沈もうとしているところが見えた。
小さなスケッチブックを手に、マメちゃんが鉛筆を動かすと、山や森がどんどんできていく。
それを後ろからこっそり覗きながら、私はワインを呑んだ。
夕陽が沈んだばかりの、薄紅い空気のなか、幸せだなあと思いながら。
そのあと、海側の部屋の食卓に小さなコンロを持ち出し、文子さんが次々にタコス(昼間のうちに生地を仕込んだのだそう)を焼いてくれた。
そのままごはん会。
挟む具はポルケッタ(イタリア風ローストポーク)、タラのフリッター、アボガド、トマトサルサ、グリーンソース2種(伏見唐辛子、青唐辛子、香菜、ヨーグルト、レモン汁、にんにくなど。辛くないものはナッツが多め、辛い方は青唐辛子が多めできゅうりも入っているのだそう)、香菜。食べる前にライムを搾ると、いっぺんにメキシカンになる。
〆に作ってくれた、亜由美さんのすき焼きうどん(新玉ねぎと緑の葉が入っていた)も最高においしかった。
部屋に下りてきて、マメちゃんと12時くらいまでハイボールを呑んだ。
そのあと、順番にお風呂。

●2025年3月19日(水)小雪のち晴れ

目を開けたら、カーテンの上の隙間がオレンジ色だった。
陽の出の時間だ。
でも、もう少しうとうとしていたかった。
しばらくしてカーテンを開けると、小雪が舞っていた。
きのうもおとといも、春みたいに暖かかったから、私はとても驚いた。
綿をちぎったような雪が、ふわふわふらふら、上にいったり下にいったり。
陽の出の瞬間にも降っていたんだろうか。
見逃したなあと思いながら、ぼんやり眺めていたら、東の空から白い大きな鳥が現れ、空を横切った。
なんだかふいをつかれた。
白い鳥は翼を大きく動かし、力強くぐんぐんと西に向かって飛んでいった。
私は窓辺に張りつき、見えなくなるまでずっと見ていた。
きっと、白サギだと思うけれど、まるで中野さんの壁画が現れたみたいだった。
きのうは、川原さんを見送りがてら、三宮サンポチカの中野さんの壁画を見にいった。
もう何度も見ているから、川原さんを先頭に、私は少し離れて歩いた。
川原さんは鹿の女の子の絵の前で、じっと立ち尽くしていた。
次に、裏側の壁にある、人間の女の子の絵。
しばらく歩くと、ミロコマチコさんの壁画があった。
きのうとおととい、ライブペイントをしたらしい。
ミロコさんが描いた白い毛の生えた動物は、太い樹とも繋がり、うねうねもりもりしていた。
その動物は、海の生物が描かれた鏡にも映るようになっていて、飛び出してきそうだった。
そのあとで、もうひとつの中野さんの壁画を見にいった。
そしたら、天井に描かれている白く透き通った大きな鳥が、お父さんにしか見えなくなった。
白い鳥は赤い花を1輪くわえ、陽の出の神戸の空に向かって、羽根を舞い落としながらまっすぐに飛んでいる。
対面の壁には、色とりどりの3羽の大きな鳥が、小雪の舞う空を、天に向かって飛翔している。
まるで、白い鳥がぶじに天空へと行けるよう、守っているみたい。
3羽の鳥は、ベッドで寝ているお父さんを中心に、生活をしながら看病を続けたお母さん、お姉さん、中野さんだ。

2時ごろ、猛烈に眠たくなって、暖房を入れた寝室でお昼寝。
起きてもまだぽわんとして、疲れが残っている感じ。
「となりのオハコ」の撮影はとても楽しかったのだけど、打ち合わせも含めて長丁場だったし、川原さんとの合宿で興奮状態が続いたからだ。
夜ごはんは、白菜と豚肉と豆腐のお鍋(大根おろし、ねぎ、ポン酢醤油、柚子みそ)、ご飯はなし。

●2025年3月15日(土)曇りときどき小雨

6時に起きた。
白い空。
雲が厚く、今朝も陽の出が見られない。
朝、立ったまま小さなイチゴをぱくぱく食べた。
なんて贅沢なんだろうと思いながら。
甘みに奥行きがあるのは、酸味がしっかりあるからかな。
野イチゴみたいに野生的な味。おいしいなあ。
ヨーグルトをかけるのがもったいないので、朝ごはんでもそのまま食べた。
このイチゴはきのうの夕方、亜由美さんが玄関に置いてくださった。
赤い椅子の上に、赤いイチゴとミニトマト。
なんて元気であたたかな色合いなんだろう。
きっと、私がふさいでいると思って、ノックをせずに置き土産にしてくださったんだ。
その心遣いがうれしくて、赤くてみずみずしいふたつを抱えながら、涙が出そうになった。
さあ、私もちゃんと動き出そう。
10時になったら、文子さんが迎えにきてくれる。 
一緒に買い物にいくのは、ものすごく久しぶり。
2月のはじめ、文子さんとファビオは順番にコロナにかかってしまい、私たちはずいぶん長いこと会えなかった(文子さんが熱を出し、ファビオに差し入れした日のことは以前の日記に書きました)。
そのころはちょうど、私もなんとなくふさいでいて、ひとりで過ごしたかったせいもあるけれど。
御影の「いかりスーパー」、「JA御影」、「御影クラッセ」と3軒もまわってくれたおかげで、切らしていたお酢やオリーブオイル、きび砂糖など、重たいものがいろいろ買えた。
「いかりスーパー」では、見るからに新鮮なぷっくりとしたホタルイカが買えた。
しかも290円。今年は豊漁なんだろうか。
夜ごはんは、カレーうどん(人参、新玉ねぎの葉、はんぺん、ミニトマト)、ほうれん草のお浸し。
今夜はどうしてもカレーうどんが食べたくて(ゆうべ、ノブさんのインスタグラムを見たからだと思う)、パスタの口ではなかったので、ぴちぴちのホタルイカはトマトソースにした。
ホタルイカは繊細なので、火の通りを気にしながら作った。
たっぷりのオリーブオイルでにんにくと唐辛子を炒め、ホタルイカを加えて、温まるくらいにさっとからませただけのものって、すごくおいしいなあ。
ホタルイカだけいちど取り出し、にんにくを残した鍋にトマトの水煮を加えて(とちゅうでアンチョビを大きいまま1切れ加えた)、完全にトマトソースの状態にしてから、ホタルイカを戻し入れてさっと煮た。
明日は川原さんが泊まるから、パスタにしようと思う。

●2025年3月14日(金)晴れ

6時に起きた。
雲が厚く、陽の出は見られなかったけれど。
今日は、試作をしながらレシピ書き。
窓を開けたとたんにくしゃみがでる。のどもかゆい。
もう、ヒノキの花粉が飛びはじめているんだろうか。
夜ごはんは、プルコギ(牛こま切れ肉に醤油、はちみつ、韓国唐辛子、おろしにんにく、おろしリンゴ、人参、新玉ねぎの葉を、きのうのうちから揉み込んでおいた)、小松菜のお浸し(手作りマヨネーズ)、ご飯。
『ブラウン神父』を見ながら食べたのだけど、さすがにちょっと飽きてきたかも。
なんだか、ゴールがずっと先にある、マラソンをしているみたいな感じになってきた。
せっかく楽しみにしている大切なドラマなので、いちどお休みしようかな。
お風呂上がり、ぴかぴかの金貨みたいな満月。
風が強く、空気が澄んでいる。

●2025年3月13日(木)薄い晴れ

なんだかずっと日記が書けなかった。
今日は、あちこち白い。
春霞だ。
そろそろしゃきっと動き出さないと。
あとで台所まわりなど、あちこち念入りに掃除をしようと思う。
来週の月曜日は、「となりのオハコ」の本のための撮り下ろしで、川原さんが泊まりにくるので。
日曜日の「恵文社」でのトークは、とても楽しい会になった。
初対面だったから、お会いするまではちょっとどきどきしていたけれど、脇田あすかちゃん(さんではなくちゃんと呼びたくなる)がとてもいい娘で、私はずんずん好きになっていった。
なんだか、未来の子ども(30代の大人なんだけど)という感じのする娘だった。
私にはとても想像できないような、はかりしれないものを持っていらっしゃる。
打ち上げのときに、「高山さんちに行ってみたいです」とぽつりと言うので、「泊まっていいよ」と私はすぐに答えた。
そしたら、「何日くらいですか?」と聞いてきた。
リュックをしょってやってきて、1週間くらい泊まり込みそうな、純な感じがした。
私はめったに人を泊めないのだけど、あすかちゃんだったら気を使わずにいられそうだし、楽しいかもと思った。
新しい『日々ごはん』シリーズは、なんというぴかぴかとしたみずみずしいデザイナーに出会うことができたんだろう。
これからも、どんどん冒険してほしい。
台所の掃除をしながら、これまでずっと不便に思っていた乾物入れを、丸いカゴから段ボール箱に替えてみた。
幅も深さもあり、ぴったりの大きさ。
とてもすっきり!もっと早くすればよかった。
夜ごはんは、カリフラワーと蕪の葉の蒸らし炒め、ワカメスープだけ。
きのう食べすぎて、胃がもたれているので。
お風呂上がり、空の真上に丸い月。
明日が満月らしい。

●2025年3月8日(土)曇り

きのうは、中野さんのお父さんのお通夜に行って、たくさん泣いて、くねくねになって、寒いなかを帰ってきた。
そしたら玄関に、大きな茶色い手提げ袋が置いてあった。
蕪やほうれん草、椎茸、ビーツ、人参、葉っぱつき新玉ねぎ、パクチーなどたくさんのいきいきした野菜。苺にチョコ、ケーキまで。
お父さんのこと、何も知らせていないのに、亜由美さんからだった。
お通夜でもらう折り詰めのお寿司を、文子さんとファビオの分まで中野さんから預かっていたので、野菜の袋も持ってそのまま6階へ。
野菜も苺もスウィーツも、みんな半分ずつ分けた。
文子さんからは粕汁(大根、人参、鮭)と、あられのセットをいただいた。
文子さんとファビオに会ったら、私はまた泣くかなあと思っていたのだけど、その反対だった。
玄関のドアを開けたとたんに、文子さんが「おかえり〜 なおみさん。遅くまでたいへんやったなあ。疲れたやろう?大丈夫?」と、いつもの身振り手振りのビッグスマイルで迎えてくれて。
そうしたら私は、いっぺんに大丈夫な自分になった。
きのう、ベッドで寝ているお父さんを、棺桶に寝かせるとき。
家から送り出すとき。
その前から、中野さんはずっと、最後の最後まで、生きている人に対するみたいにしていた。
もう心臓が止まっていて、息もしていないけれど、その体のなかにはお父さんがいて、ちゃんと聞こえているみたいに。
静かにお父さんのそばにいて、縁側で庭を見たり、隣に寝転んだりして、声をかけていた。
棺桶に寝かせる前、中野さんは泣きながらお父さんにぎゅうっと抱きついた。
そして、「じゃあ、そろそろ行こうか、お父さん」と言った。
あんなふうにする人を、私は生まれてはじめて見た。

今日は告別式の日。
きのうとは打って変わって、どんよりした曇り空。
雪が降りそうに寒い。
明日私は、京都の「恵文社」で『空気が静かな色をしている』のトークなので、なんとなくその支度をしている。
もうじき5時。
告別式は、ぶじに終わっただろうか。
みんなに見送られ、お父さんはお骨になっただろうか。
お父さんの煙は空に上り、空に交ざっただろうか。
交ざった粒は、私の空にもあるだろうか。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(いつぞやの残りにお汁を足し、温め直した)、油揚げとモロッコいんげんの甘辛煮。

●2025年3月6日(木)晴れ一時、小雨

ゆうべは8時にはベッドに入った。
洋子さんの童話を読んで、ラジオを聞いて、朗読の時間にはまた眠りの波にさらわれたのだけど、すぐに目覚めてしまい、よく眠れなかった。
トイレにも3回行った。
それでけっきょく8時に起きた。
カーテンを開けると、海がすごく光っていた。
なんだか久しぶりに見た。
朝ごはんを食べ終わったころ、ピンポンが鳴って、文子さんが水仙の花束(花びんにいけてある)を持ってきてくれた。
「なおみさん、大丈夫かなあ」と心配になったのだそう。
中野さんのお父さんが亡くなったことを、ゆうべメールしたから。
文子さんの実家の庭や、裏山の原っぱに群生している野生の水仙。
花の黄色いところと白いところがくっきりとして、葉っぱもしゅっと伸び、とても元気な水仙。
今、こうして日記を書いていると、ふわーっと甘い香りがする。 
ありがたいなあ。
きのうは美容院に出かけ、雨のなか三宮の街をうろうろした。
すごく寒かった。
電車に乗っても、山を見ても、何を見てもお父さんのことを思い出した。
でも、みんないい思い出。
お昼ぬきだったから、さすがにふらふらし、帰るときに三宮駅で「御座候」の回転焼きをひとつ買った。
ホームの陰で立ったままかぶりついたら、焼きたての生地はとってもやわらかく、あんこもなめらかで、甘くて、すごくやさしかった。
そんな日だった。

今、さわさわと音がして雨が降ってきた。
お天気雨だ。
夕方、5時くらいに、薄けれど虹の柱が立った。
山の上に連なる雲も、悠々と空を旋回している2羽のカラスも、森羅万象のすべてがいきいきと動いている。
お父さんはすごいなあ、と思う。
みんな、お父さんがやっているのだ。
夜ごはんは、和風ドリア(椎茸をバターで炒めて薄力粉、牛乳を少し加えてとろみをつけ、いつぞやに作った白味噌味の粕汁を加え、和風のホワイトソースにした。即席塩鮭とセロリの炊き込みご飯の上に、ゆうべの残りのほうれん草とハムのバター炒めを重ね、和風ホワイトソースをたっぷりとかけ、チーズをぱらぱらのせてオーブンへ)。 

●2025年3月5日(水)小雨

ゆうべは7時半にはベッドに入って、『佐野洋子全童話』を読んでいた。
はじめから1作ずつ。 
絵がないってすごい。
物語の世界の、奥の奥まで入っていける。
洋子さんが作る物語は、おばあさんやねこ、くまやねずみのことを書いているようでも、人間のことを書いている。
ちっとも子どもだましではない。
立派な大人のつもりで、へいへいと生きている人の心の芯に、ぐいっとくいこんでくる。
夢中で読んで、9時からはいつものように『中学生の基礎英語1』を聞き、『朗読の世界』を聞いているうちに、眠りの波に誘われた。
『センセイの鞄』が終わって、須賀敦子さんの『ミラノ霧の風景』になったのだけど、それは大好きな本なのだけれど、どういうわけか朗読の人の声を聞いていると、私はすぐに、ものすごく眠たくなってしまうのだ。
朝、中野さんからメールが届いた。
ゆうべの11時半、家族に見守られて、お父さんが息を引き取った。
そのとき、私は、熟睡していた。

静かな雨が降ったり、やんだり。
今朝のラジオは、レクイエムがいくつもかかる。
2階の窓を開けて空を見ていたら、電線にかわいらしい小鳥が1羽。
あっちを向いたり、こっちを向いたりしながら、ずぃー、ずぃーと低い声で鳴いている。
お腹はぷっくりオレンジ色、羽は青みがかったグレーで、顔に白いすじがある。
ヤマガラだ。
私がちゅぴちゅぴと鳴き真似をすると、こちらに向かって飛んできて、窓の上をかすめ、屋上の方に向かっていった。
しばらくすると戻ってきた。
電線の同じ場所にとまる。 
見ているのを知っているみたいに、また窓の上をかすめて飛んで、戻ってきて、こんどは猫森に向かって飛んでいった。
お父さんかもしれない。
お昼前に美容院へ。
電車に乗って、三宮にも行った。
夜ごはんは、カレイの煮付け(ごぼう)、具だくさん味噌汁(いつぞやのお麩の味噌汁に、椎茸、なめこ、豆腐を加えた)、ほうれん草とハムのバター炒め、即席塩鮭とセロリの炊き込みご飯(いつぞやのをセイロで温め直した)。
今夜も早めにベッドに入ろう。
お風呂上がり、窓を開けて空を見ながら、ゆうべの今ごろはまだ、お父さんは、この世界にいたんだなあと思う。

●2025年3月4日(火)雨

6時半に起きてラジオ。
カーテンの隙間が暗いので、陽の出は見られないだろうなと思って、ベッドのなかでぬくぬくしていた。
起き抜けに、「ユリイカ」の有元さんとの対談ページを読んだ。
三浦哲哉さんの洞察力で、私たちの似ているところ、まるっきり似ていないところが浮き彫りになっていく。
なんだかヒヤヒヤするくらい、おもしろい。
三浦さんの編集後記がまたぐっとくる。
ふつう、こういう原稿は、編集者が構成や書き起こしをすると思うのだけど、たぶん、録音されたままの原稿の書き起こしをもとに、すべて三浦さんがやっていらっしゃる。
口調などを含め、実際に話したままの空気がページのなかにある。
有元さんの本も、私の本も、クレイジーなくらいに深いところまで読み込んでくださっている上での見抜く力。
それを、読者に文字で伝えるためにはどうしたらいいかを、1本の映画みたいに、まとめる技術を持っていらっしゃる。
私は、とてもありがたい。
三浦さん、本当にありがとうございました。

今朝は雨と風。
ヨーグルトを食べながら白い窓を見ていたら、強い風のなかを鳥が1羽、まっすぐに飛んでいった。
朝の天気予報では、「寒暖差に気をつけ、大きな傘を持っていくように」と言っていた。
もはや、寒いのか暖かいのかわからなくなっているけれど、私は歯医者さんに行かなければ。
米粉でシフォンケーキを焼いてみたら、ふわっふわにできたので、歯医者さんの帰りに「MORIS」に寄ろうと思う。
グルテンフリーのひろみさんにも、食べていただける。
今朝、姫白丁花の小さな花が1輪咲いた。
きのう、ピンクの蕾をみつけたから、もしかしたらと思っていた。
そう。
このごろは、落としてヒビを入れてしまったウズベキスタンのティーポットで、植物にお水をあげている。
注ぎ口の欠けたところ細くなっていて、ちょうどいい。
軽く買い物をして、銀行の用事もすませ、3時半くらいに帰ってきた。
「MORIS」では、今日子ちゃんがお昼ごはんをご馳走してくださった。
ゆうべのお鍋にお豆腐を加えた具だくさんのお味噌汁と、葉ごぼうの炒め煮、土鍋で炊いたご飯。
葉ごぼうは、ときどき「いかりスーパー」に売っていて、ずっと気になっていたのだけど、試してみる勇気がなかった野菜。
山蕗みたいな滋味深い味で、ほろ苦さと香りがあり、すごくおいしかった。今日子ちゃんの味加減も、ぴったんこだったんだと思う。
こんどみつけたら、私も買って煮てみよう。
あんまり寒いので、鍋焼きうどんにしようと思って「いかりスーパー」で材料を買ってきた。
大きな土鍋で今、昆布とにぼしでゆっくりとおだしをとっているところ。
夕方、とても嬉しい本の贈り物が届いた。
『佐野洋子全童話』。国語辞典よりも厚みがある。
絵のない言葉だけの物語。
私はずっと、洋子さんのこういう本を読みたいと思っていた。
なんて嬉しいことでしょう。
今夜から読もう。
夜ごはんは、鍋焼きうどん(椎茸、ほうれん草、かき揚げ、卵)。

●2025年2月28日(金)小雨が降ったりやんだり

朝からずっと、「気ぬけごはん」向かっていた。
ほとんど書けたかも。
締め切りはまだもう少し先なので、寝かせておこう。
午後からは窓辺でお裁縫。
川原さんのコートのお直しが終わってしまったので、今は私のワンピースの裾上げをしている。
足元のストーブをつけ、ひと針、ひと針。
窓の外はうっすらと霧に包まれ、空と海の境がない。
学校のチャイムの音、雲の上を通り過ぎる飛行機の音が、ときおりくぐもって聞こえてくる。
それにしても寒いなあ。
4時ごろ、少し明るくなってきた。
ちゅぴちゅぴと元気に鳴いているのは、シジュウカラだ。
夜ごはんは、この間こしらえたホワイトソースが冷凍してあるので、じゃがいもを蒸してグラタンにする予定。
お昼に食べた、大きな蕪の薄味煮の残りも合わせよう。
じゃがいもといっしょにキクイモも蒸してみた。
蒸しすぎかなと思うくらいにやわらかくなってしまったのだけど、ねっとりとして、お餅みたいですごくおいしい。
今はオーブンで焼いているところ。
白ワインをちびちびやりながら、『ブラウン神父(シーズン3』を見て待とう。
夜ごはんは、じゃかいもとキクイモのグラタン(蕪の薄味煮入り)、白ワイン。

●2025年2月27日(木)晴れ

窓の上の隙間がオレンジ色に染まっていたので、カーテンを開けると、ちょうど太陽が昇り切ったところだった。
線香花火の玉みたい。
向かいの電線に小鳥が1羽、尾羽を振りながらあっちを見たり、こっちを見たり。
ぷっくりとした体、尾羽は短い。
窓を開けると、ジージーというような地鳴きが聞こえた。
逆光になってよく見えないのだけど、シジュウカラかも。
きのうも今日も、春のように暖かい。
海も霞がかかっている。
さあ、確定申告のことが終わったので、今日から「気ぬけごはん」を書きはじめよう。
ひとつお知らせです。
『毎日のことこと』の版元、「信陽堂」のHPで文の連載をはじめることになりました。
タイトルは「ソラノマド」。
去年の春くらいだったかな、丹治君から連載のお誘いをいただいて、秋に京都の書店巡りをしたときに、なんとなくお話を聞いた。
「誠光社」さんの隣のイタリアレストランで、タイトルのこともなんとなく相談していて、丹治君が「窓という言葉はいいですよね」とおっしゃった。
それで、すぐに私が「空の窓はいかがでしょう」となったのだ。
カタカナにするのがいいかもというのは、つい最近。
「ソラノマド」では、私の部屋の窓から、広々とした空に向かって、小さなお話をたんたんと書けたらいいなあと思っています。
空に開いた窓に向かって、自由に、螺旋を描きながら放り投げていくような文。
文章の量も期日も決めず、エッセイを軸に、これまで書きためてきた詩のようなもの、絵本の種みたいなもの、俳句なども出てくるかもしれません。
2月は明日で終わりですが、新月なのでゼロ。
スタートのタイミングです。
なので、丹治君の提案で、28日の午前10時から公開することになりました。
詳しくは「ちかごろの」を。
みなさん、楽しみにしていてください。
そういえば、うちのCDデッキはずっと壊れたまま。
でも、ちっとも困っていない。
ラジオを聞きたくないときには、何もかけない。
そうすると、しばらくしていろんな音が耳に入ってくる。
柱時計の振り子の音、遠くを走る電車の音、カラスのカーカー、ときどき汽笛。
たまに電話がかかってくると、びっくりする。
夜ごはんは、手羽元の塩レモン焼き(出てきた脂でキクイモも焼いた)、ケチャップ炒めご飯(いつぞやの洋風炊き込みご飯に、ケチャップ少しと甘口韓国唐辛、パレスチナのハーブミックス「ザアタル」を加えて炒めた。最高においしかった)。
『ブラウン神父「シリーズ3」』を見ながら食べた。

●2025年2月25日(火)晴れ

6時半に起きた。
ちかごろは、陽の出の時刻がずいぶん早くなった。
今朝は6時40分。
オレンジの火の玉みたいなのが、ぽかんと浮かび出た。
窓を開けてあちこち掃除機をかけていても、洗濯物を干していても、春のように暖かい。
朝10時に、税理士さんがいらっしゃった。
支度していた確定申告の書類は、すべてすいすいと通った。
「ここまで計算しておいていただけると、たいへん助かります」とほめられた。
ああ、よかった。ほっとした。
きのうのうちにオリーブオイルのケーキを焼いておいたので、紅茶と一緒にお出ししたら、とっても喜んでくださった。
調子にのって私は、マルフーガ社のエキストラバージン・オリーブオイルの味見までしていただいた。
午後からは、川原さんのコートのお直し。
ベッドの上で、お父さんと家族のことを思い出しながら、ひと針ひと針。
ときどき顔を上げ、雲ひとつない空や海を見ながら、ちくちくちくちく。
もう、あとちょっとででき上がってしまう。
夜ごはんは、即席塩鮭とセロリの炊き込みご飯、具だくさん味噌汁(大根、人参、ごぼう)、紅芯大根の塩もみサラダ(白ワインビネガー、白ごま)。

●2025年2月22日(土)晴れ、にわか雪

なんだか今日は、ぱたぱたと慌しかった。
明日、中野さんちに日帰りで出かけることになったので、それまでにしておかなければならない仕事をしつつ、シフォンケーキを焼いた。
お土産にしようと思って。
そしたら、卵黄に粉を混ぜるところで、粉の分量を測り間違えてしまったことに気づいた。
うちにはもう卵がひとつもなかったので、私はとても焦り、ちょうど外出していた文子さんにラインをして、卵を1パック買ってきてもらった。
最初に作りかけた生地は、それでもひと通り仕上げて四角い型で焼いてみた。
ぷっくらとよく膨らんだのだけど、熱いうちに型から取り出してしまったので、あっという間にぺたんこになった。
夕方、夜ごはんの支度をする前に、心を落ち着けてもういちどシフォンケーキ焼いた。
今、空き瓶にかぶせて冷ましているところなのだけど、ちゃんときれいに型から抜けるだろうか。
実は、水曜日に焼いたシフォンケーキは、スポンジの生地自体に大きな気泡があり、今日子ちゃんのヘラを使っても、うまいこと型から抜けなかった。
1度目がうまくいった私は、いい気になって鼻歌交じりに作ったからだ。
シフォンケーキは侮ってはいけない。
夜ごはんは、塩鯖バーガー(塩鯖に粉をまぶしてムニエルにし、粒マスタードをきかせたキャロットラペとタルタルソースを、白パンに挟んだ)。
最高においしくできた。
さて、ここでお知らせです。
3月9日(日)の15時に、京都の書店「恵文社」さんで、『空気が静かな色をしている』刊行記念のトークイベントを開きます。
お相手は、ブックデザイナーの脇田あすかさん。
新装された『日々ごはん』の本作りの話はもちろん、私よりふたまわりも若い世代の脇田さんが、この世界を、今を、どんなふうに感じて生きてらっしゃるのか、聞いてみたいことがたくさんあります。
会場の「恵文社」さんの「コテージ」は、ゆったりとしたカフェのような居心地のいいスペース。
日曜日の昼間のぽっかりとした時間、ぜひのんびりとしたひとときをお過ごしください。
まだ、お席の余裕があるようですので、ご興味のある方は「ちかごろの」をご覧ください。オンライン配信も行うそうです。

●2025年2月19日(水)晴れときどき雪

7時に起きた。
もうとっくに太陽は昇っている。
布団を干しているときに、ちらちらちかちかと粉が舞った。
光の粉が舞っているみたい。
はじめ、体育館の屋根のパウダースノウが舞っているのかと思ったのだけれど、そのあとで雪になったので、そうではないことが分かった。
あちこち掃除機をかけ、さて、川原さんのコートのお直しをはじめよう。
このコートは川原さんのお母さんが若いころに着ていたもので、Aラインの形も、襟の形も、生地も、ものすごく可愛らしい。
お母さんは舶来の生地を奮発し、仕立ててもらったのだそう。
なんと、70年くらい前に。
表の生地や造りもしっかりしているのだけれど、裏地が裂けたりやぶれたりしている。
前回、東京に行ったときに、私の臙脂色のコートと取り替えっこして帰ってきたのだけれど、裂けたところだけ縫って「MORIS」に着ていったら、ひろみさんも今日子ちゃんも、すごくほめてくれた。
それで、「うちに、ちょうどいい裏地の生地があるから、なおみさんが直してあげたら?」ということになり、ひろみさんが方法を教えてくれたというわけ。
大切なコートなので、ちゃんとした方にお願いした方がいいんじゃないかと思って川原さんにメールをしたら、とっても喜んでくれたので、はじめてのことだけどやってみようと思って。
このコート、そういえば『ブラウン神父』に登場する女の人たちが着ていそうでもある。柄もののスカートのウエストをきゅっとしぼり、ふわっと膨らませて履いているところとか、おしゃれで憧れる。
今、インターネットで調べてみたところ、「海外ドラマ『ブラウン神父』の舞台は、1950年代の英国コッツウェルズの田舎町です」と書いてある。
ビンゴ!

雪が舞ったかと思うと止んで、また舞って。 
寒い寒い。
2時くらいにまたシフォンケーキを焼いた。
今は冷蔵庫で冷やしている。
明日の朝、今日子ちゃんに借りたヘラを使うのが楽しみだ。
夜ごはんは、洋風炊き込みご飯(帆立、ズッキーニ、ミニトマト、塩レモン、クミンシード)、ししゃものフライパン焼き、味噌汁(大根、菊芋、絹ごし豆腐)。
『ブラウン神父「シーズン3」』を見ながら食べた。

●2025年2月18日(火)晴れたり曇ったり、ときどき雪

もう明るくなっているのは分かっていたけれど、7時過ぎに起きた。
太陽はすでに昇り、海に金色の池ができている。
ものすごく金色。
ひとりで見ているのがもったいないくらいに煌めいている。
キッチンに下り、コーヒーをいれて戻ってきた。
ベッドの上で、コーヒーを飲みながら金色の池をじっと見た。
向かいの体育館の屋根に、雪がうっすらと積もっている。
いつものパウダースノウよりも、ふっくらと厚みがある。
道路は濡れているけれど、中学校の校庭の土のところに雪が残っているのが見える。
ゆうべは雪が降ったんだな。
ちっとも気づかなかった
よく見ると、電線の上にも、エアコンの室外機の上にも積もっている。
そう。きのうは、シフォンケーキを生まれてはじめて焼いた。
「暮しの手帖」のバックナンバーの、なかしましほさんのレシピがとても親切で、分かりやすかった。
焼き上がってから冷蔵庫でひと晩冷やすと、型からきれいに取り出せるというので、今は休めてある。
朝ごはんに食べよう。
シフォンケーキはふわっふわに、とてもおいしく焼けた。
きび砂糖というのがいいなあ。
豆乳がなかったので牛乳にしたし、バニラビーンズもなかったのでバニラオイルを使ったのだけど。
ただ、取り出し方がむずかしく、ちょっとまわりが削れてしまった。
ハンドミキサーは楽しいな。
小雪が舞うなか、「MORIS」へ。
川原さんから預かっているコートのお直しをしたくて、ひろみさんに相談しにいった。
シフォンケーキをお土産に持って。
今日子ちゃんのお姉さんの佐知子さんが、ちょうどイギリスから帰ってきていて、お会いできた。
そのあと、「ユザワヤ」さんに接着芯を買いにいき、お菓子用の薄力粉も買って帰ってきた。
話しているうちに分かったのだけれど、なんと、今日子ちゃんは、「ベニマン」さんでアルバイトをしていたころに、シフォンケーキを毎日焼いていた時期があったそう。
型の抜き方を尋ねたら、専用のヘラを持っているとのこと。
動かし方を教わって、しかもそのヘラも貸してくれた。
すごい!
こんなに近くにシフォンケーキの先生がいたなんて。
ところで、日記には書いていなかったけれど、『シスター探偵ボニファス』を見終わってしまってから私は、ひろみさんに教わった『ブラウン神父』を毎日見ている。
たまたまみつけたのが「シーズン10」で、その10話を見終わったら、「シーズン1」からずっと続いていたことが分かった。
なので「シーズン1」のはじめから、ほとんど毎日、夜ごはんのときに3話ずつくらい見ている。
おもしろくてやめられない。
英語の勉強になるからというよりも、もう中毒のよう。
今、私のなかでケーキを焼くのが流行っているのも、きっと『ブラウン神父』の影響。ティータイムでスコーンやジャムを挟んだケーキなど、おいしそうなおやつがよく出てくるからだ。
牧師館の狭いキッチンの様子も、ティーカップやお皿も、とてもすてき。
夜ごはんは、和風クリームスープ(レンコンとさつま揚げと結び白滝のおでん風煮物の残りに、菜の花、豆腐、牛乳を加えた)、きのこご飯の小さなおにぎり(お昼ごはんの残り)。
『ブラウン神父「シーズン2」』を見ながら食べた。

●2025年2月17日(月)

夕方、おもしろい空を見た。
あたりが厚い雲に覆われているときに、海の向こうの街の一部分だけが、オレンジ色の光に包まれていた。
そのオレンジは雲と繋がっていて、雨が降っているようだった。
そのうち東の空がどんどん暗くなり、三宮の上空は濃い灰色の雲。
雨も降っているみたいだった。
それから10分くらいしたら、部屋の中が急にオレンジ色になった。
2階に駆け上がって窓を開けると、盛大な雨。
窓から腕を出すと、雪でもない氷でもないような塊が服についた。
対岸のオレンジ色の世界が、こちらにやってきたんだ。
こういう空、なんとか現象という名前がついているような気がする。
夜ごはんは、レンコンとさつま揚げと結び白滝のおでん風煮もの、炊き込みご飯(しめじ、人参)。

●2025年2月16日(日)曇りのち晴れ

このところ、空が明るんでくるのが早くなった。
なので6時にはカーテンを開け、毎朝陽の出を見ていた。
おとついは枯れ木の間から、花札の満月みたいなのが出た。
すごく紅かった。
コーヒーをいれて戻ってきて、眩しい太陽を見ているうちに、急に外出の日にしたくなった。
美容院と図書館に行った。
お味噌を仕込もうと思って、大豆も買ってきた。
定期検診に行ったきりだから、外に出たのはほとんど1週間ぶりのこと。
この間、ファビオに「なおみさんは、週に何度くらい外に出かけるの?」と聞かれたとき、「2、3回かな」と答えたのだけれど、普段は何も用がない限り、週にいちどくらいなのかもしれない。
きのうの陽の出は、夕焼けみたいだった。
そしてきのうも、私は外出したのだった。
皮膚科に行って、牛すじ肉を買って帰ってきた。
今朝は7時過ぎに目覚め、カーテンを開けた。
空一面が雲に覆われ、太陽はまったく見えなかったけれど、この厚い雲のどこかにあると思いながら見ていた。
道路が濡れているから、ゆうべは雨が降ったのだな。
この間から向かっていた文章が仕上がったので、今日はのんびりの日曜日。
朝から大豆をほとほととゆでている。
お昼を食べたら、亜由美さんにいただいた麹でお味噌を仕込もう。
神戸に来てからはじめて。
ひとり暮らしでお味噌作りなんてとずっと思ってきたけれど、けっこう消費が多いし、文子さんがもらってくれるので。
ゆで汁がたっぷり残るから、牛すじと野菜を煮て、夜ごはんにスープを作ろうと思う。
夕方、お味噌がぶじに仕込めた。
近ごろは甘めが好きなので、麹の割合を増やしてみた。
甕がないから(多分、スイセイのところにあるはず)、ホウロウの大きな容器にしたのだけれど、さて、どうだろうか。
1ヶ月後に様子を見るのが楽しみだ。
大豆のゆで汁と牛すじのスープは、丸ごと玉ねぎといっしょにことことと煮、けっきょくスパイスもいろいろ加えてカレーになった。
なんとなく、南インド風のさらっとしたカレー。
南インド風カレー(牛すじ肉、ドライトマト、トマトペースト、大豆、玉ねぎ、白菜、大根、ゆで卵)、レモン風味の炊き込みご飯(文子さんが漬けた塩レモン、オリーブオイル)。

●2025年2月11日(火)曇りのち晴れ

朝起きたら、風花が舞っていた。
ちらりほらり。
どうりで寒いと思った。
今朝もまた、向かいの体育館の上はパウダースノウ。
ちょっと見ないうちに、陽の出の位置がずいぶん動いた。
猫森の枯れ木の間から出るのは変わらないのだけど、少しずつ、少しずつ、隣の建物の方に傾いてきている。
文子さんが熱を出して寝ているので、きのうはファビオに焼きたての餃子を差し入れした。
ちょうど作ろうと思っていたし、ファビオは私の餃子が好物みたいなので。
文ちゃん、熱は下がっただろうか。
ゆうべ、有元さんとの対談の最終ゲラが届いた。
三浦さんの対談後記が加わり、さらに深い原稿になった。
読み終わると、いろいろな味を味わったような感じになる。
うーん、おもしろいなあ。 
オリーブオイルのケーキの写真も添えられていた。
私はこのケーキを作る気満々。
買ったばかりの有元さんの本、『オリーブオイルのある暮らし』にレシピが載っているし、ハンドミキサーも買ったので。
これまでずっと、業務用の大きな泡立て器でケーキやクッキーを焼いていた。ハンドミキサーを使うのは高校生のとき以来。
曇っていたかと思うと、ぱーっと晴れ間が出て明るくなる。
遠くの海に、銀色の細い帯が光っている。
今日は文章を書く日和。
さあ、きのうからはじめた文の続きを書こう。
2時くらいにケーキを焼いた。
ちょっと温度が高く(多分、190度くらいだったんだと思う。うちのロジェールのオーブンは、温度設定の機能がついてないので、ノブの目盛りだけで調整する。1が150度、5が200度、8が250度)、レシピの時間よりも少し早く焼き上がったけれど、とてもうまくいった。
やっぱり、ハンドミキサーは泡立ての威力がすごい。
すりおろしたマイヤーレモンの皮に、グラニュー糖を合わせたトッピングもいい感じ。
とってもおいしくできたので、文子さんとファビオにお裾分けした。
文章は半分くらい書けた。
夜ごはんは、カリフラワー(この間、セイロで蒸しておいたもの)とほうれん草のグラタン。
『シスター探偵ボニファス』を見ながら食べた。

●2025年2月8日(土)快晴ときどき雪

6時半に起き、英語のラジオを聞いていた。
『小学生の基礎英語』と、『ボキャブライダー』という番組。
このところ、朝起きるといつも、向かいの体育館の屋上が、白くうっすら凍ったようになっている。
氷ではなく、粉っぽい。パウダースノウという感じ。
そこに太陽が当たると、ぴかぴか光る。
きのうは、文子さんのキッチンで、EVオリーブオイルのテイスティングをした。
調理台には、文子さんが普段使っている3種類のオリーブオイルと白い小皿がすでに並んでいて、私もマルフーガのビンを並べた。
トースターも用意してあった。
食パンをカリッと焼いて、ファビオが細長く切り、4種類のオリーブオイル(塩もちょっと混ぜた)をたっぷりつけて3人で味わった。
文子さんがいつも使っている、いちばんいいEVオリーブオイルもまろやかで香りがあり、とってもおいしいのだけれど、マルフーガはのどの奥で苦味を感じ、口の中いっぱいにおいしい膜ができたみたいになる。
若草の香りもするし、ナッツみたいな濃厚さがある。なのに、軽さもある。
私が持っていったケールは、つぶしたにんにくとオリーブオイルで炒め、ちょっと水を加えて鍋蒸し焼きにした。
食べるときにも、マルフーガをかけた。
あとは、栗の香りのチーズ(行司さんのフィレンツェ土産)と、オレンジワイン、ランブルスコ。
楽しくておしゃべりが止まらず、7時過ぎに下りてきたので、けっきょくそれが夜ごはんとなった。
今朝は、これから市の定期検診。
ゆうべはちょっと飲みすぎたかなあと反省していたのだけど、朝起きてみたらすっきり。
お水だけ飲んで、8時半になったら出かけよう。
いいお天気でよかったな。
夜ごはんは、中華粥(手羽先におろしにんにくと塩、ごま油をもみ込み、だし昆布を1枚放り込んでコトコトとスープをとり、冷やご飯を加えた)、手羽先の甘辛煮(お粥のスープの手羽先をとちゅうで取り出し、しょうがを加えて、甘辛い味にとろんと煮詰めた。仕上げにゆで卵も加えた)、ちりめん山椒(川原さん作)。
『シスター探偵ボニファス』を見ながら食べた。
『ミス・マープル 2』が終わってしまって、どうしようかと思っていたら、今日子ちゃんが教えてくれた。
ものすごくおもしろい。

●2025年2月5日(水)快晴

ゆうべは、沈む込むようにして眠った。
布団もふかふかだし、あたたかくて。
まだ眠れる、まだ眠れると思って起きたら、8時だった。
京都でのトークイベント、翌週には仙台と盛岡でたくさんの人たちを前に話し、東京では有元葉子さんとの対談。
そりゃあ、体にくるはずだ。
本当は、今日から川原さんが泊まりにきて、明日は「オハコ」の撮影だったのだけど、3月に伸びた。
おかげで、ぽかんとした休みができたから、ようやくぐっすりねむれたんだと思う。
気分は爽快。
空も青く、海が燦々と光っている。
今日は、有元さんのオリーブオイルの本を買いに、三宮の本屋さんに出かけようと思う。
Amazonで注文してもいいのだけれど、中を見て、本当にほしいかどうか確かめてからからちゃんと買いたい。
今、正面の海が光っている。
さあ、出かけよう。
まずは郵便局へ。
マンションを出るとき、小雪が舞っていた。
坂を降り切ったところで、どんどん寒くなる。
風もびゅーびゅー。
それでもバスに乗って、三宮へ。
有元さんの本を買い、六甲に帰ってきた。
「いかりスーパー」で今日子ちゃんにばったり会い、「MORIS」へ。
ミントの香りのするお茶と、椿の花の形のおいしい和菓子をごちそうになった。
お昼ぬきで出かけたので、帰り着いてすぐにごはん。
4時くらいに、早めの夜ごはんとした。
海苔巻き(カッパ巻き、鉄火巻き。「阪急」のデパ地下で買った)、ほうれん草のお浸し、お味噌汁(玉ねぎ、豆腐)。

●2025年2月4日(火)晴れのち一時雪

6時に起きてテキパキ動く。 ゆうべ、有元さんとの対談原稿が届いたのだけれど、どきどきするので読まずに寝た。
「Googleドキュメント」は開けたのだけれど、はじめて使うので、ちゃんと上書きできるだろうかとか、返送はどうするんだろうとか気になって、あまりよく眠れなかった。
朝ごはんの前に読んでみたら、素晴らしい原稿だった。
話し口調や勢いが、あのときのまま活かされているし、意味の分かりにくいところは、質問でうまくフォローしてくださっている。
三浦さん、さすがだなあ。
朝ごはんを食べ、落ち着いて少しずつ修正と加筆をしていった。
どうしてものところだけ。
午後、「ユリイカ」の編集者からお電話いただき、「Googleドキュメント」の先鋭さに驚く。
私の入れた赤を、編集側も同時に確認できるので、返送などしなくてよいのだそう。
ドキュメントって、そういう意味なのか!
宮下さんから連絡があり、6日の予定だった撮影が延期になった。
おかげで私も、ほっとひと息。
このところ、ちょっと詰め込みすぎだったので。
今、窓辺の枝束は、ユキヤナギもマンサクも花盛り。
梅干しの種みたいな蕾の枝だけ、ずっと硬いままだった。
今日はその蕾が割れ、中から若草色の花弁らしきものが見えてきた。
午後、対談原稿の仕上げを夢中でやっていたら、やけに目の前が暗い。
わ!雪だ。
あれよあれよと強くなり、綿をちぎったような大きな雪となった。
ひとしきり降って、晴れてきた。
今は空が青い。
夕方、あんまり夕焼けがきれいなので、ビールでも呑もうかと冷蔵庫を開けたら、中野さんから電話があった。
お父さんの様子、ユウトク君が中学校の入学試験に合格したこと、インコのぴーちゃんが卵を4つ産んだこと(ずっとお腹に詰まっていた)、確定申告のことで税務署に何度も通ったこと。
東北に行ったり、東京に行ったりしている間、私だけが動いていたのかと思ったら、中野家はもっともっといきいきと動いていたんだ。
お互いにビールを呑みながらの電話、いい夕方だったな。
夜ごはんは、スンドゥブチゲ鍋(絹ごし豆腐、白菜、落とし卵)。
少しずつ変化していったセリ鍋を、ようやく食べ切った。

●2025年2月2日(日)曇り

ゆらゆらと眠って、起きたら8時半だった。
太陽はもうとっくに昇り、海が白く光っている。
猫森の枯れ木に、次々に小鳥が集まってくる。
西の空から、あれよあれよと飛んでくる。
何の鳥の群れだろうと思って、双眼鏡でのぞいてみた。
逆光になってよく見えないのだけれど、ヒヨドリかなあ。
ヒヨドリって、群れになったりするんだろうか。
東京からは、ゆうべ8時ごろに帰ってきた。
窓辺にある姫白丁花の蕾が、暗いなかひっそりと開いていた。
ユキヤナギはずいぶん開いた。
マンサクもほとんど満開。
もうひとつの枝の蕾は、まだ開いていない。
朝から長いメールを書いたり、このところの日記(メモのようなものを記していた)を書いたり。
窓が白く、なんだか雪が降りそうに寒い。
有元葉子さんは、やっぱりとても美しい方だった。
そして、とてもやさしい方だった。
しどろもどろの私の話を、静かに、ゆっくりと、笑みをたたえながら最後まで聞いてくださった。
「いいわねえ」とおっしゃって。
オリーブオイルのケーキも(有元さんのレシピで、娘さんが焼いてくださった)、たまらなくおいしかった。
はじめて聞くお話もあり、私はちょっと興奮し、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
有元さんが帰られてから、三浦さんたちとショップでいろいろお買い物をしたのも楽しかったな。
私は大奮発をして、マルフーガのエキストラバージン・オリーブオイルを買った。
「la base」の赤いゴムベラと、焼き物専用の熱に強い菜箸も買った。
大切に使おうと思う。
と、ここまで日記を書いてから、紅茶をいれようとして、ティーポットを床に落としてしまった。
ウズベキスタンの蚤の市で買った、大好きなティーポットの注ぎ口が割れた。
私はとても悲しく、「あーーー!」と声を上げたまましばらく動けなかった。
金継ぎをしてみようかと思い、カケラを集めてみたのだけれど、小さなひとつがどうしてもみつからない。
欠けたまま、紅茶をいれてみた。
使えないことはない。しばらくは、このままいこう。
きっと、ぴかぴかの調理用具を買って、私は浮かれていたんだ。
ティーポットよ、ごめんなさい。
夜ごはんは、チキンポテトサラダ(じゃがいもを皮ごとゆっくりゆで、いつぞやのセリ鍋で水炊きにした鶏肉をほぐしたもの、紫玉ねぎ、ケッパー、オリーブオイル、白ワインビネガー、フレンチマスタード、マヨネーズ)、キャロットラペ。 
『ミス・マープル』を見ながら食べた。

●2025年1月31日(金)曇り

6時前にぴしっと起きた。
まだ暗いなか、ゆっくりとお風呂に浸かり、目を覚ます。
お風呂から出てきたら、空が薄明るくなっていた。
雲が厚く、陽の出は見えそうもないけれど、てきぱきと支度した。
今日は、「ユリイカ」という雑誌で、有元葉子さんと対談をするために東京に出張。
終わったら、川原さんのところに1泊し、明日はアノニマの村上さんと、はじめて会う方々との打ち合わせ。
川原さんちから歩いてすぐの、「マーガレット・ハウエル」のいつものカフェで。
大きな窓から広場が見える光のなかで、新しいスタートができるといいな。
9時11分の新幹線に乗るつもりなので、8時過ぎには家を出よう。
てくてくと坂を下り、龍の神社でお参り。
私は若いころから有元さんが大好きで、たくさん影響を受けてきた。
憧れの料理家さんなので、ものすごくどきどきするけれど、小さく硬くならなずにちゃんと自分のことを伝えられますように。楽しくお話しできますように。
そうお祈りした。
聞き役は三浦哲哉さんだから、大船に乗ったつもりでいこう。
「コープさん」の前からバスに乗って、新神戸へ。
さあ、行ってきます。
夜ごはんは、川原さんと。国産カマンベールチーズ(川原さんちの)、キャベツとベーコン(有元さんのおすすめを、スタジオの近所のお肉屋さんで買った)の鍋蒸し(オリーブオイル、塩、水をちょっと)、キャロットラペ、砂肝(「紀伊ノ国屋」さんで買った)のにんにく炒め、赤ワイン。

●2025年1月29日(水)晴れのち曇り

ぐっすり眠って7時に起きた。
ベッドに寝そべったまま、太陽が顔を出すのを待った。
ずんずんずんずん明るくなり、青空に白い雲。
きのうよりも私は、元気になっているみたい。
光でいっぱいななか、お話会をした「BOOKNERD」で買った『くうや くわづ』という小さな本を読んだ。
大きな文字で書いてあるから、眼鏡なしでも読める。
ひとつひとつの話を読んで、写真のページに戻り、また続きを読んだ。
盛岡に着いた日、うっすうらと雪が積もった中津川沿いの道を丹治君と歩いた。
マフラーを上の方まで巻かないと、顔が冷たくていられないのだけれど、ビュービューと風に吹かれながら歩くのは爽快だった。
丹治君は前から、「お昼ごはんに、高山さんをお連れしたいお店があるんです」と言っていて、でも、いざ私が「どんなお店?どんな料理?」と尋ねると、一生懸命説明してくれようとするのだけれど、どうしても答えられないみたいだった。
そこは「くふや」というお店。
中に入ったとたん、丹治君が説明できなかったわけが分かった。
言葉にすることができないのだ。
私たちは、ふたつしかない料理メニューのなかからお弁当を頼み、店主の久美子さんと小田原さんが厨房で立ち働いている後ろ姿を見たり、お店の中を見たり(空気を見ていた感じ)。
しばらくたって、小田原さんがお弁当をお盆にのせて出てきたとき、お味噌汁のねぎのいい香りが立った。
暖房はきかせてあったはずだから、今思うと不思議なのだけれど、きーんと冷たい空気のなか、白い湯気を上げたお味噌汁が、ふわっと運ばれてきた感じがした。
そして、すっ、すーっと目の前に、お弁当のワッパとお味噌汁が静かに並べられたとき、私は涙が出そうになった。
お弁当のおかずも、玄米ご飯も、お味噌汁も、ひとつひとつがとてもおいしかった。
ことばにできない味の感じを表すと、歴史を感じる味。
料理も、お店の内装も、立ち働くふたりも、その姿勢や所作も、すべてが骨董みたいだった。
骨董って、どういう意味があるんだろう。
もう、何十年も同じ料理をこしらえ、所作を繰り返しているふたりは、私よりも多分十くらい年上で。
なのに、滞っていなくて。
こういう方たちがいてくれたんだと思ったら、また涙が出そうになったのだった。

枝のマンサクは、10個も開いた。
そして、窓辺の姫白丁花の鉢に水をあげていて気づいた。ひとつだけ蕾ができている!
朝ごはんを食べ終わり、土鍋に昆布と酒、水を張った。
昆布がもどったら、鶏の手羽元ともも肉をことこと煮てだしをとろう。
夜ごはんのセリ鍋のために。
夕方、文子さんにミニキャベツ(仙台の朝市で買った)の料理を教わりにいった。
ミニキャベツはまず、半分に切って、塩を入れたたっぷりの湯でやわらかめにゆで、ざるに上げる。水気をしっかり切ってから、ボウルに注いだたっぷりのオリーブオイルでよく和える(半分はバルサミコ酢とおろしたグラナパダーノと合わせ、2種類の味つけに)。切り口を下にして天板に並べ、200度のオーブンで軽く焼き目がつくまで焼く。
芽キャベツのまわりの短い茎は、にんにくとベーコンで炒めてくれた。
6時半くらいに戻ってきて、ひとりで夜ごはん。
セリ鍋(鶏肉もも肉、手羽元、絹ごし豆腐、えのき、セリ)。スープを塩味にしたので、醤油、豆板醤、ネギ、ごま油、しょうがのタレを添えて食べた。

●2025年1月28日(火)晴れ

ゆうべは、仙台から7時くらいに帰ってきた。
くったりとくたびれて、帰りの飛行機の中ではほぼ寝ていた。
仙台の朝市で野菜や魚を買ってきたので、文子さんを呼んでお裾分けし、夜ごはんを食べ、お風呂に入ってすぐに寝た。
今朝は、9時に起きた。
まだ疲れはとれず、頭がぼーっとしている。
なんだか時差ぼけみたい。
長距離を短い時間で旅したからだろうか。
行きの飛行機は、空の低いところを飛んでいて雲もほとんどなく、地上がよく見えた。
日本は本当に山が多いところだなあと思いながら眺めていて、しばらく飛ぶと、すぐに富士山らしき山が見え(前の座席の人が写真を撮っていたから気づいた)、そのあと真っ白な雪の地帯を通って、しばらくしたら雪がなくなった。
ずっと見ているうちに、なんだか大きな歩幅で、たんたんと地上を歩いているようなスピードに感じた。
猛スピードで飛んでいるのは、頭では分かるのだけど。
きっと、小学生のときに見たら、そのことが理解できなかったんじゃないかな。
富士山も、頂上に大きなへこみがあった。
真上から見ると、あんなおかしな格好なんだなあと感心した。
仙台でも、盛岡でも、それぞれの街にいい空気があり、いろいろな出会い(人)と、出合い(風景や場やもの)があった。
「book cafe 火星の庭」も、お話し会をしたエマオの建物も、素晴らしく美しい教会堂も、「BOOKNERD」も、盛岡の街並みもみんな、丹治君に連れられ、はじめて訪れる国を旅したような感じだった。
今日はその余韻に浸って、ぼおっとしているだけで、時間が経つ。
神戸はよく晴れて、海が燦々と光っている。
風が強く、ときおりぴゅるるるーと音がして、窓がガタガタいう。
窓辺の枝束は、ユキヤナギがたくさん咲いて、マンサクもふたつ開いた。
もうひとつの枝は、まだ蕾のまま。
旅の間のことを書きたいのだけど、言葉にしたら終わってしまいそうで、まだ書かない。
もうしばらく、このままでいたいのだ。
4時になったら、文子さんが買い物に連れていってくれる。
朝市で買ってきたセリをお鍋にしたいから、鶏肉と豆腐を買いにいく。
これは、明日の夜ごはんにする予定。
夜ごはんは、朝市の魚屋さんで買ったものばかり。ムツのみりん醤油漬け、肉厚油揚げのカリカリ焼き、具だくさんの味噌汁(いつぞやの残りに、で朝市買った大粒なめこを加えた)、筋子、焼き海苔、ご飯。

●2025年1月25日(土)晴れ

6時前に起きて、お風呂から上がって出てきたら、まだ暗い真上の空に三日月がきれいに光っていた。
「どうか、ぶじに行って、帰ってこられますように。どうか、楽しい会になりますように」と月に向かってお祈りした。
枝のマンサクは、もうひとつ開いた。
留守の間、見られないのは残念だけど、水をかえ階段の踊り場に移動した。
さあ、7時半になったら出かけよう。
三宮から伊丹空港までバス。
10時半の飛行機で、11時40分には仙台に着くのだそう。
では、行ってきまーす。

●2025年1月24日(金)曇の多い晴れ

今朝もまた、春霞がかかっているような海。
茶色の蕾の花が、ひとつ咲いていた。
龍の舌のような、ひょろりとした細長い花弁が、花火みたいに広がっている。
何という花なんだろう。
なんか、黄色い花でこういうのを見たことがある気がする。
インターネットで調べてみたら、マンサクだった。
赤いマンサクだ。
近くにくると、なんとなく甘い香りがするような。
ユキヤナギの花の匂いだろうか。
窓を開けていていると、少し肌寒い。
今日も、確定申告のための作業を少し。
穏やかな日。
あとで、あちこち掃除機をかけよう。
亜由美さんからメールがあり、できたての麹を届けてくださった。
まだほんのり温かい。ありがたいなあ。
まずは、そのままポリポリ食べてとのこと。
うーん、あまーい。
納豆に混ぜてみた。
クセになりそうなおいしさ。
明日からいよいよ仙台と盛岡の旅だ。
夜ごはんは、じゃがいものオムレツ(ゆうべのリヨネーズポテトで)、クリームシチュー(いつぞやの残りに、丸ごとキャベツ蒸しの残りを加えた)、豚肉のミックススパイス・ソテー、サラダ(レタス、キャロットラペ、香菜、グリーンソース)。

●2025年1月23日(木)晴れ

ラジオをつけたら、『古楽の楽しみ』が終わるところだった。
ニュースと天気予報を聞いて起きる。
雲が厚く、昇ったばかりの太陽が透けている。
海には金色の帯も映っているけれど、ぼんやりとベールがかかったようになっている。
きれいだなあ。
朝ごはんの前に、花ビンの水をかえた。
ユキヤナギは、きのうよりも確実に緑の葉芽が増えている。
小さな茶色い蕾はひとつだけ割れて、中から濃いピンクがのぞいている。
このピンクは見覚えがある。
もしかしたら、蘇芳の花だろうか。
今日もまたぽかぽかとして、海も街も春霞がかかっているみたい。
旅の前のぽっかりとした時間。
さて、今日は何をしようか。
次の撮影のメニューを考えておこうかな。
けっきょく、確定申告の支度と包丁研ぎをした。
夜ごはんは、『ミス・マープル』を見ながらなので、つい洋風のごはんが食べたくなってしまう。
リヨネーズポテト(きのうのグリルチキンのフライパンで玉ねぎを炒め、皮ごとのゆでじゃがいもをコロコロに切って加えた。粒マスタード)、小さなキャベツ(亜由美さんにいただいた)の丸ごとスープ蒸し、キャロットラぺ(レモン汁、白ワインビネガー、オリーブオイル、蜂蜜)&サーモンの冷製(即席塩鮭をお昼にセイロで蒸した残りを冷やしておいたものに、手作りマヨネーズ&ケッパー)。

●2025年1月22日(水)雲の多い晴れ

洗濯物を干し、あちこちメールのお返事。
すぐにやらなければならない仕事もないので、ポストに郵便を出しがてら、「コープさん」へ。
牛乳とヨーグルトを買いにいった。
いつもだったら、正面の海が光っている時刻なのに、空も海も白っぽい。
なんだか、のほほんとしたお天気。
上着をはおらずに行ったのに、帰りの坂道ではしっとりと汗をかいたほど。
週末から仙台と盛岡に出かけるので、午後は荷物の支度をのんびりと。
飛行機のチケット予約を確認したり、リムジンバスの時間を調べたり。
窓を開けていても、ちっとも寒くない。
海も、春霞がかかっているみたい。
今、私の窓辺には、枝束(花束ではない)が活けてある。
これは、山科でのトークイベントの日にいただいた。
持って帰ってきた日には、ユキヤナギの小さな白い花がふたつ、みっつだけ咲いていた。
あとは、梅干しの種のような形の蕾の枝と、産毛に包まれた小さな茶色い蕾が集まっている枝。
両方とも、何の植物なのかまだ分からない。
大きなガラスの花ビンに差して、毎朝見ていると、蕾が少しずつ膨らんできているのが分かる。
ユキヤナギは確実に緑色の葉芽が増え、花も十以上開いた。
この枝束を贈ってくれた方は、トークイベントにはいらっしゃれなかったけれど、友人を通じていただいた。
彼女は庭師をされているそうで、自宅の庭にある植物を集めてくださった。
4年ほど前にも、六甲の「ブックファースト」書店員さんを通じて、いろいろな種類の紫陽花や、みたこともない草花の、抱えきれないほど大きな花束をいただいたことがある。
そのときにもやっぱり、庭の花だった。
同封されていた手紙には(お許しを得、引用させていただきます)、「遠くないいつの日か、花ビンの中で花を咲かせたり、葉を広げます。ゆっくり静かに。暖かな部屋で、少し早い春をみつめていただけたらうれしいです」とあった。
今は枯れ枝のように見える、春を待つ花束。
なんて素敵な贈り物なんだろう。
植物を育てるのが苦手な私が、はたして花を咲かせられるかどうか分からないけれど、毎朝、水をかえてほしいか様子をみながら(いちどだけ水切りをした)、楽しみに眺めている。
夜ごはんは、『ミス・マープル』を見ながら。
グリルチキン(鶏もも肉をおろしにんにく、塩、レモン汁、なたね油でマリネし、フライパンで皮目だけじりじり焼いてオーブンへ。まわりに皮つきレンコンを並べて焼いた)、ベビーリーフと香菜のサラダ(「ホーキ星」のごまソースと塩で和えた)。
『ミス・マープル』は、イギリスの古きよき時代の匂いがして大好き。
英語の勉強にもなる。

●2025年1月19日(日)快晴

きのうは山科から6時台の新快速で帰ってきたのに、家に着いたらもう8時だった。
芦屋で乗り換えをせずに三宮にまわり、夜ごはんのお弁当を買おうと「阪急デパート」の食品街をうろうろしていたからだ。
おかげで夜ごはんも遅くなった。
お風呂に入って、英会話のラジオの再放送を聞きながらすぐに寝たのだけれど、どこかが昂っていたようで、なかなか寝つけなかった。
きっと、山下さんの印象が濃く残っていたからだろうな。
今朝は、9時に起きた。
わざと寝坊した。
日曜日なんだから、たまにはいいじゃんと思って。
トークは昼間だったし、打ち上げもお茶をしながらおしゃべりしただけだったのに、なんだか私はくたびれていたみたい。
きっと、トークのときに、時空を旅したようになったんだろう。
山下さんは、『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思っていた』をよく読んでくださっていたみたいで、話しているうちに、「cut」で連載していたころのことをぐんぐん思い出していった。
今52歳だそうだから、「クウクウ」で一緒に働いていた、山王丸君や仁君たちと同じ世代だろうか。
楽しかったな。
時間を忘れて、いつまででも話していたかった。
いつか、山下さんとラジオとかで対談をしたら、楽しそうだなあ。
山科の「無印」は大好きなところなので、あちこちぐるぐるまわって満喫できたのもよかった。
来週私は、仙台と盛岡のトークイベントに出かけるので、防寒のための軽いダウンやあたたかそうな下着を買った。
「Re MUJI」という、回収された衣服でリメイクされたシャツが素敵で、宮下さんと村上さんと3人で、ああだこうだいいながら選んでいるときも楽しかった。
中野さんにプレゼントしようと思って選んだシャツを、「スナフキンぽいですね」と村上さんがつぶやいたのも、どんぴしゃで可笑しかった。
今朝は、村上さんからお土産にいただいた、西荻窪の「どんぐり舎」のコーヒー豆を挽いて、ゆっくりと淹れ、ベッドの上で飲んだ。 きのうの思い出話の続きで、西荻や吉祥寺の空気を体に入れたかったんだと思う。
さあ今日は、やるべきことがある。
それは本についての原稿書き。
パズルのピースのように、ひとつ残しておいた書きたいことが、喉もとまで上ってきているので、午後から仕上げようと思う。
夜ごはんは、札幌味噌ラーメン(豆もやし、コーン、かつお菜)。
「世界名作劇場」のアニメを見ながら食べる予定。今は、『若草物語 ナンとジョー先生』に夢中。

●2025年1月18日(土)快晴

今朝の陽の出は、すっかり裸になった猫森の木々の間から。
大きいのが、くりんっ!と出た。
海にもオレンジ金色が映って、もうひとつ太陽が。
しばらくすると、海の太陽の方がよく光っていた。
こっちがほんとの太陽みたい。
たいへんゴージャスな陽の出。
もしかして、「ホホホ座」の山下さんは晴れ男なんだろうか。
お風呂から上がると、寝室が光でいっぱいだった。
裸のまま両手を広げ、太陽の光を浴びた。
さあ今日はいよいよ、山下さんとトークイベントだ。
アノニマの村上さんと、12時半に山科駅で待ち合わせなので、まだ時間はたっぷりある。
帰ってきてから気持ちがいいように、あちこち掃除機をかけた。
10時半になったら出かけよう。
夜ごはんは、カニ散らし寿司(三宮の「阪急デパート」で、閉店セールになっていたのを買った。ふわふわのカニの身がたっぷりでおいしかった!)、いつぞやの紅芯大根の塩もみ(ちりめんじゃこ、黒酢)。

●2025年1月16日(木)快晴

6時にラジオをつけ、7時半起床。
カーテンを開け、枕もとの絵の花がいろいろに光るのを見ていた。
冬の朝は、夏ともまた違う光の強さ。
本についての原稿は、きのうずいぶんいいところまで書けた。
一日寝かせ、明日また向かおうと思う。
そういえばこのところ、朝ごはんの紅茶のお湯がなかなか沸かない。
ふだんは、ヨーグルトを食べる前にやかんに水を注いで火にかけておけば、食べ終わるころにちょうど煮立っているのだけど。
なんだか雪に囲まれた山小屋で、お茶を沸かしているみたい。
うちのマンションは井戸水だから、冷たいんだろうな。
これもまた、六甲の冬の風物。
11時半に家を出て、美容院へ。
このくらいの時間に坂を下ると、目の前の海が大きな範囲で光る。
空気はきりっと冷たいけれど、マフラーを巻いていれば寒くない。
盛大に光る海を見ながら、こうして坂を下りられるのもまた冬の喜びだ。
あちこちで買い物し、銀行の用事もすませて2時半くらいに帰ってきた。
お昼ぬきで出かけたので、お腹ぺこぺこ。
急いでハンバーガー(ゆうべ焼いたハンバーグの残り、紫玉ねぎ、レタス。レンコンもオリーブオイルで焼いて挟んでみた。おいしかった!)を作り、かぶりついた。
この間、文子さんと一緒に「コープさん」に行ったとき、京都産の鰆がとってもおいしそうだったので買ってきた。
ねり酒粕も買ったので、白みそと酒、みりんを合わせて西京漬けにするつもり。
鰆3〜4切れに対し、酒粕と白みそは大さじ3、酒とみりんがそれぞれ大さじ1(美容院で見た雑誌に載っていた)。
「いかりスーパー」では地鶏のレバーも買ったから、醤油煮を作ろう。
変な時間にお昼を食べたので、夜ごはんは鶏レバーの醤油煮と、具だくさん味噌汁(大根、油揚げ、豆もやし、溶き卵)だけ。

●2025年1月14日(火)晴れ

6時に起きてラジオをつけた。
カーテンを開け、コーヒーを淹れにキッチンへ。
薄暗い空に、茜色の帯がほんのり。
大阪の方は霧が出ているのかもしれない。
ゆうべ、ベッドの中で『センセイの鞄』の朗読を聞いていたら、いきなり地震警報が鳴った。
どうしていいか分からずじっとしていると、震源地が告げられ、アナウンサーは慌てた声で、九州各地の震度を読み上げはじめた。
しばらく聞いていたのだけれど、心がざわざわするのでラジオは消した。
そのあと、ずいぶんたってからまたラジオをつけた。
こんどは津波情報が流れてきた。
カーテンの向こうでは、いつものように神戸の夜景が瞬いているだろうけれど、誰かのいるところも、私のいるところも、いつどこが揺れてもおかしくないことを思った。
今朝は、あちこち掃除機をかけ、きのうから書きはじめた原稿に向かった。
去年の暮れに書店巡りをした某雑誌の、本についての文章だ。
うーん。ちょっと行き詰まってきたなあと思っていたら、メールが届いて、文子さんが野菜を届けにきてくれることになった。
きのう文子さんは大阪に帰っていたのだけれど、畑をやっている知り合いのおじさんに「道の駅」でばったり会い、採れたて野菜をたくさんいただいたのだそう。
自然薯に紅芯大根、小松菜、おでん大根、かつお菜、香菜。
ありがたいなあ。
元気な野菜を触ったら、詰まりがすーっと溶け、ひろびろした気持ちになった。
夕方、誘い合わせて買い物へ。六甲道の「コープさん」に連れていってもらった。
帰ってきて、駐車場からマンションに戻る道を歩いていたとき、シベリア杉の葉の隙間からぴかっと光が漏れ、沈みかけた夕陽が見えた。
夜ごはんは、マナガツオの幽庵焼き(酒、みりん、醤油、柚子の輪切りにしばらく浸けてから、「くっつかないホイル」を敷いたフライパンで焼いた)、さつま芋の甘煮、薄味のひじき煮、水菜の大根おろし和え(しらすのせ)、豆もやしと溶き卵のみそ汁(白みそ、黒七味)、「ごはんですよ!」、ご飯。
お風呂上がり、空の真上に満月が。
ついこの間まで半分だったのに。早いなあ。

●2025年1月11日(土)晴れ

朝起きてラジオをつけたら、ピーター・バラカンさんの番組がはじまっていた。
もう7時だ!
今朝はよく晴れて、きのうよりもずっと暖かい。
一昨日は、『空気が静かな色をしている』の取材で、京都新聞の行司千絵さんがいらっしゃった。
汗をかきながら、坂を上ってきてくれた。
もう15年以上も前に、いしいしんじさんと池袋の書店でトークショーをしたとき、いしいさんがとても珍しい服を着てらして、それが、とっても似合っていて。
行司さんのお名前は、そのときにはじめて聞いたんだと思う。
そのあと、「クウネル」や「暮しの手帖」の記事を読んで、なんだかおもしろそうな方だな、いつかお会いできたらいいなあと思っていた。
ついこの間、「ホホホ座」の山下さんの本『君はそれを認めたくないんだろう』にも登場してらして、ますます興味が湧いたのだった。
だから、アノニマの村上さんから依頼メールが届いたとき、びっくりした。
行司さんは、やっぱりとてもおもしろい方だった。
インタビューでこちらが話すことを、ひとことですーっと分かってくださる。
審美眼を持っている方という感じがした。
ご自分が話しているときは、下を向いてなかなか目を合わせてくれないのだけれど、私が話しはじめ、本筋に入っていくと、じっとみつめられた。
目の奥でどこか遠くの方を見ているような、独特の眼差し。
その目つきは、私の知っている誰かにも似ているのだけど(確か、ものを書く人だったような気がする)、誰なのかどうしても思い出せなかった。
インタビューもそこそこに、お昼ごはん(ゆで卵入り牛すじ大根煮、薄味のひじき煮、菜花のお浸し柚子みそのせ、ひたし黒豆、蒸しさつま芋とクリームチーズのサラダ、大根の皮の黒酢醤油漬け、赤蕪漬け、おにぎり)を一緒に食べた。
そして、行司さんが今作っている本の話を聞いたり、私の縫った服や手編みのセーターを見せたり。
そうそう、インタビューのときだったかな。いちど窓が真っ白になって、盛大に雪が舞った。
2階に駆け上がり、窓から雪が入ってくるのもかまわずに、ふたりで見ていた。
行司さんと私はちっとも似ていないけれど、どこか外国の辺鄙なところをふたりで旅したら、おもしろいだろうなあと思った。
今日は、原画展のための絵を額縁に入れて、紐をつけたり、値段をつけたり、梱包したりをずっとやっていた。
きのうも私は、ペイントした額縁に、フックをつけていたのだけれど、小さなネジを小さなドライバーで回すのに手こずり、自分の指はどうしてこんなに不器用なんだろうと呆れてしまった。
それでも時間をかけてゆっくりすれば、うまくいく。
料理やお裁縫だったら、細かいことも得意なのにな。
ネジやドライバーは硬いからだろうか。
今月の末、私は『毎日のことこと』のトークイベントのために、仙台と盛岡へ出かける。
仙台では、「エマオ」という施設でお話し会をするのだけれど、すぐ近くの「book cafe 火星の庭」で、原画展も開くことになった。
『毎日のことこと』の原画が中心なのだけど、細かいものが多いので、『日めくりだより』や『帰ってきた 日々ごはん⑥』、NHKのテレビ番組『高山なおみさんの神戸だより 海の見える小さな台所から(夏編)』で使われた絵も飾ることにした。
詳しいことは、「ちかごろの」でお知らせしますので、ご興味のある方はぜひ遊びにいらしてください。
と、ここまで書いていたら、陽が落ちてぐっと寒くなってきた。
西陽が街に当たって、黄色く光っている。
夕方、中野さんからメールが届いた。
きのうお父さんは、辛いカレーをおかわりして食べたそう(中野家の金曜日はカレーの日)。
今日のお昼もカレーがいいというので、カレーにしたんだそう。
そして、晩ごはんはホタルイカと牛カルビ。
ホタルイカ(醤油漬け)はきっと、お粥さんにのせるんだろうな。おいしそうだな。
私の夜ごはんは、ノブさんの手打ちうどんで、野菜たっぷりの鍋焼きうどん(大根、人参、椎茸、小松菜、伊達巻き、落とし卵、ねぎ)にする予定。

●2025年1月8日(水)晴れのち曇り

8時に起きた。
ゆうべは9時半くらいに寝たのに、ぬくぬくの布団から出られず、いくらでも眠れる。
このごろの夜はいつも、電気を消したベッドの中で『中学生の基礎英語1』を聞きながら、ぶつぶつと英文を繰り返す。
そして、FMにチャンネルを合わせ、『朗読の世界』を聞いて眠りに落ちる。
今週の月曜日から、川上弘美さんの『センセイの鞄』がはじまったので、毎晩楽しみにしている。
ゆうべは「月と電池」という章だった。
本で読むのとはまた違う、朗読の時間。
耳障りがいい声だと毎晩聞き、そでない声だと、寝際の頭に沁み入ってこないので、自然と聞かなくなる。
いろいろな回があって、そういうところもいいなあと思う。
きのうは、亜由美さんが七草(西区の浅川さんの畑で採れた、間引き野菜を集めたパック。菜花、赤大根、大根、人参、芽キャベツ、プチヴェール、ほうれん草)を持ってきてくださった。
ちょうどそのとき、文子さんも来ていたので、夕方のひとときをおせんべいなど齧りながら3人で過ごした。
私は、中野家から柚子(お兄さんの実家の庭で採れたもの)をたくさんもらってきたので、柚子みそとジャムにしようと、座卓の上で支度をしていた。
ふたりともめっちゃ関西弁で楽しそうに話していて、それを聞きながらゆっくり柚子の皮を刻んでいるのは、なんだかいい心地だった。
夜ごはんは、できたての柚子みそをのせて七草粥にした。
まだあどけない色とりどりの野菜。昔ながらの七草とは違うけれど、自由で可愛らしい七草粥になった。
今朝は、メールのお返事や小さな仕事をしながら、柚子ジャム作り。
きび砂糖が足りなかったので、文子さんのところにもらいにいった。
お礼にみかんをふたつ持っていったら、文子さんもまた、みかんふたつとウイロウをくださった。
子ども会で配られるお菓子みたいに、ビニール袋に詰めて。
うれしいな。
今日は、文子さんの仕事が終わり次第、買い物に出かける。「無印」で買いたいものがあるので、御影「クラッセ」に連れていってもらう予定。
それまで私は、仙台の「book cafe 火星の庭」で開かれる原画展の支度をしよう。
4時くらいに出て買い物。
塩や砂糖、ケチャップ、マヨネーズ、ヨーグルト、牛乳など、重たいものをいろいろ買えた。お父さんの真似をして、「ごはんですよ!」も買ってきた。
夜ごはんは、七草粥の残り、ししゃも、ひじき煮(いつぞやの)、浸し黒豆、牛すじ大根煮、たくあん、「ごはんですよ!」。

●2025年1月6日(月)雨

ゆらゆらと眠って9時に起きた。
目が覚めたとき、一瞬どこにいるのか分からなかった。
電線の雫が光っている。
今日は雨か。
中野さんの家からは、きのう帰ってきた。
とてもいいお正月で、2泊のつもりが3泊になった。
病気のお父さんが中心の、家族のお正月に、私も混ぜてもらった。
小野(中野家のあるところ)は、とても寒かった。
二日目の朝、コーヒーを持って庭に出てみたら、六甲とは違うキンと冷たい空気。息を吸うと鼻の奥まですーっと通るような。
夕焼けも六甲と違った。
六甲は空や海が雄大で、夕焼けも遠くにある感じがするのだけれど、小野は近くにある。
近くで濃く広がっている。
毎日、楽しかったな。
楽しかったというより、よかった。
よかったというのとも少し違う。
ぴったりくる言葉がない。
お父さんは居間の隣の部屋のベッドで寝ていて、いつもラジオがかかっていた。
文字盤の大きな、時計つきの白いラジオ。
寝ている部屋の引き戸は少し開けてあるので、ユウトク君やソウリン君とこたつで冬休みの宿題をしたり、お手玉をして遊んでいると、ラジオ特有のくぐもった音が聞こえてきた。
話している内容までは分からないのだけど、ニュースや天気予報、交通情報が聞こえてきたり、加山雄三の歌やクラシックがかかったり。
お父さんのベッドから見える居間の柱には、赤い三角屋根の小さな鳩時計がかけてあり、時間がくると、ぽこっと音がして鳩が飛び出し、ぽっぽーぽっぽーと鳴いた。
台所で料理をしていると、鳩時計のぽっぽーと、用のあるときにお父さんが鳴らす、「チン」という呼び鈴の音がする。
とても小さな音なので、私にはほとんど聞こえないのだけど、みんなすぐに反応し、様子を見にいく。
ときどき「今、お父さん5回連続で鳴らしたで」と、お姉さんが笑う。
お父さんは口をぽっかりと開け、ほとんどの時間眠っている。
でも本当は、目を閉じているだけで、いろんな音を聞いているみたいにも思う。
中野さんもそう言っていた。
ごはんの時間になると、お盆に並べたいろんなおかずとお粥さん、デザートの果物を、お母さんかお姉さんが運ぶ。
お粥さんには必ず、「ごはんですよ!」をのせること。硬くて大きいものは食べにくいので、料理は何でも3センチ長さに切ること。お汁はとろみをつけたらのどを通りやすいこと。
いくつかの小さな決まりを覚え、私もごはん作りを手伝った。
そしてときどき、お盆を運ばせてもらった。
それが、すごく嬉しかった。
お父さんも、家族とほとんど同じものを食べる。
1日目の夜ごはんは、茶碗蒸し(椎茸、花人参、銀杏、おせちに入っていた紅白かまぼこ、百合根の代わりに茹でた長芋、結び三つ葉)と、おせち料理(ほとんどがお姉さん作)。デザートは苺(亜由美さんにいただいた)&ホイップクリーム。
2日目のお昼は、ノブさんの手打ちパスタとミートソース(私作)。お父さんはパスタを食べられないけれど、小さな器にミートソースを入れ、チーズをちらしてチンして出したら、お粥にのせて食べていた。「お父さん、どれがいちばんおいしかった?」と中野さんが聞いたら、これを指差したそう。
夜ごはんは、南瓜の煮物(私作)、唐揚げ4種(お姉さん作。鶏肉、ナンコツ、砂肝、ブリ、せんキャベツ添え)、ご飯、なめこ汁(私作。豆腐、三つ葉、柚子皮)。お父さんには、鶏とブリの唐揚げを小さく切り、ほうれん草のお浸しをプラス。なめこ汁のでき立てを私が持っていったと、低い声で「おお」とつぶやいた。
3日目のお昼は、ノブさんのキツネうどん、椎茸と水菜の煮浸し。お父さんはキツネうどんが好きなので、お揚げさんもうどんも3センチに切って薄いとろみをつけ、汁物がわりにした。あとはお粥さん’、ほうれん草のお浸しと即席塩鮭のほぐし身(私作)。デザートは缶詰の白桃。
夜ごはんは、ホットプレートで焼いた日田焼きそば(帰省していたお義兄さんのお土産。せんキャベツの残り、もやし、人参)、辛子明太子のおにぎり、冷凍のカニ爪(さっとゆがいて殻をむいた)、かき卵汁(お父さんのはとろみつき)。
「チン」と鳴って、お父さんはカニをおかわり。
もういちど鳴って、けっきょく8本食べた。お盆を下げるとき、「今日は、何がいちばんおいしかったですか?」と私が尋ねたら、間髪おかずに「カニ」と答えた。
お父さんはとてもよく食べる。
ゆっくりと時間をかけ、3食すべてきれいにたいらげ、食後の果物を食べ終えたら、「チン」と鳴らす。
すると、中野さんが食後のおやつのキャラメルコーンを出してあげる。
中野さんはほとんどの時間、お父さんのそばにいて、「ソウリンがサンタさんにもらった自転車、何色やったと思う?」とか、「前に渋谷のNHKに行ったなあ。お父さん、覚えとるやろ?」とか、小さな話を投げかけていた。
10時と3時のおやつもまた、お楽しみ。
「ぜんざいが食べたい」とつぶやいた日には、中野さんと材料を買いにいって私が作った。
お父さんは、食事をするだけでもとても疲れるらしく、すぐに横になってしまうけれど、ときどき中野さんがリハビリの先生みたいになって、足の屈伸運動をしたり、寝室から居間を通ってゆっくりと歩き、ベッドに戻ったりしていた。
いちど、陽の当たる縁側の腰掛けに座り、ソウリン君とボール投げをしていたっけ。
中野さんが審判になり、5回連続で勝ち負けを決めるじゃんけんもした。
いつもだったら私はすごく弱いのに、お父さんに勝ってしまった。
思い出すときりがないなあ。
さあ、今日からまた、ひとりの生活がはじまる。
朝、洗濯物を干すときに、なんとなくお父さんの真似をしてAM(NHK第一)のラジオをつけてみた。
日記を書きながら、今もずっとつけている。
静かな雨。
霧が出て、窓が真っ白だ。
窓辺のテーブルの上をふと見ると、消しゴムのカスがある。
きのうここで、ソウリン君が冬休みの宿題ドリルをしていたから。
そう。きのうは、お義兄さん、お姉さん、ユウトク君、ソウリン君がうちに来た。
子どもたちがお年玉でラジコンカーを買いたがっているそうで、三宮のおもちゃ屋さんに連れていくというので、私も車に乗せてもらった。
最初は、三宮駅まで送ってもらったら、ひとりで帰ってこようと思っていたのだけど、けっきょく「大丸」の地下でお姉さんと買い物し、お昼ごはんはうちで食べることになった。
メニューは、フライドポテトとハンバーガー(粗びきの合挽肉でパテを作り、具はトマト、レタス、紫玉ねぎ、フライパンで溶かしたチーズ。パテを焼いた肉汁でとんかつソースを煮詰めたもの、ケチャップ、スイートチリソースにケチャップを混ぜたもの、フレンチマスタード。お姉さんに手伝ってもらいながら大皿に並べ、それぞれが好きなものを挟んで食べられるようにした)。
フライドポテトは文子さんと同じフライヤー(年末に私もAmazonで買ったのだ!)で揚げたら、最高にうまくいき、あっという間になくなった。
ユウトク君はパテを丸めたり、レタスをちぎって洗ったりのお手伝い。その間、ソウリン君はお義父さんと窓辺のテーブルに座り、宿題をしていた。

一日中降り続いた雨は、夕方には止んだ。
今は夜景が光っている。
夜ごはんは、ひとつだけ残しておいたきのうのパテで、イングリッシュマフィンのハンバーガー(トマト、紫玉ねぎ、レタス)、チキンポテトサラダ(いつぞやの)、ミルクティー。『ムーミン谷のなかまたち(字幕版)』を見ながら食べた。
新年早々、とっても長い日記になってしまった。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

●2025年1月1日(水)快晴

新年、明けましておめでとうございます。
9時に起きた。
ゆうべは文子さんたちのところで、お蕎麦を食べながら日本酒もご馳走になったので、ちょっとだけ二日酔い。
そして、初詣から帰り着いたら、お風呂にも入らずバタンキューだった。
今朝はゆっくりと浸かり、髪も洗った。
初、お風呂。
朝ごはんはヨーグルト(洋梨)と紅茶だけ。
ゆっくり、ゆっくり動いて、ささやかな元旦のご馳走を支度した。
今年のはご馳走とも呼べないものだけど。
浸し黒豆、伊達巻き、赤蕪漬け、紅芯大根のサラダ(お皮ごとせん切りにして塩をまぶし、柚子胡椒ドレッシングをちょっと、ちりめんじゃこ。おなますのかわり)、蒸しきぬかつぎ(白みそ)、お雑煮(白菜、大根、里芋、水菜)、磯辺巻き。
記念に写真を撮った。
お正月って、どうしてこうちょこちょこと豆皿に盛ったのを、いろいろ並べたくなるのかな。
NHKのドラマ「正月時代劇」の『いちげき』がとてもおもしろく、夢中になって最後まで見てしまった。
そのあとは、テレビもラジオも消して、コートのボタンつけをしたり、鍋つかみに紐をつけたり。
柱時計がカチコチ鳴っているだけの、静かな正月。
どういうわけか、小鳥たちの声もあまり聞こえない。
明日から中野さんの家に泊まりにいくので、荷物の支度をしたら、あっという間に夕方だ。
夜ごはんは、紅芯大根のサラダ、ひじき煮、磯辺巻き、鍋焼きうどん(ノブさんの手打ちうどん、卵、伊達巻き、水菜、麩、ねぎ)。

いままでの日々ごはん

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