2004年1月上

●2004年1月10日(土)晴れ、少し寒い

起きてすぐにゲラ直しをやり始める。
午後から中野さん(教室の生徒だった)が来て、スイセイと何かやっている。
彼女はデザイナーさんなので、コンピューターのことを、中野さんに手伝ってもらうらしい。
途中、休憩でお茶を飲みながら、中野さんが作ってきてくれた蒸しパン(きなこ入り)をいただき、明日の撮影の仕入れに行った。
ゲラ、やっと終わりました。6時です。
ゆうべから、スイセイに老眼鏡を借りてやっていたのだが、大きくてずり落ちてくる。
それで今朝、新しいのを出してきてくれたんだけど、レンズの脇にシールが貼ってある。
「それは剥がしたらだめで」とスイセイ。
「ケチ」と文句を言い、シールをつけたままやる。
どうせ100円ショップで買った眼鏡なのに。
けど、この眼鏡のおかげでずいぶんはかどった。
眼鏡って、視界が狭くなるから、紙の上だけにぎゅっと集中できるような感じがした。
さて、今日はがんばって次のレシピもやり始めよう。
夜ごはんは、ブリの刺し身、キャベツオムレツ、塩鮭、焼き茄子の味噌汁、玄米。
キャベツオムレツがたいへんおいしくできた。
玉ねぎ、ひき肉、キャベツを炒めたのを具にしたオムレツだ。
キャベツって、炒めるとほんとおいしいな。
ちよじの友だちが大阪から来ていて、今夜は「のらぼう」でご飯だそうなので、私ら夫婦のご飯は今夜も質素です。

●2004年1月9日(金)快晴、暖かい

今、私の左半身はポカポカと暖かい。
陽が当たって、チーチーと鳥も鳴いている。
昨日もたいへんいい天気だったが、正月の周辺て、こういう感じだのだな。
日なたぼっこというのを小学生の頃によくやったが。
さあ、これから妊婦雑誌の打ちあわせです。
終わりました、打ちあわせ。
編集者さんはとても感じのいい方だった。
私の周りは妊婦が多いので、妊婦さんの精神状態や料理にも近ごろ興味があったから、ちょうど良かった。
編集者さんは赤ちゃん雑誌もやっていて、離乳食を作る料理家を捜していたので、しおりちゃんをお薦めした。
実際に赤ちゃんを育てている方に教わりたいという、とてもシンプルな考え方に共感しました。
そういえば、正月の残りのお餅にカビが生えてきたので、小さく切って干しておいたのを昨日揚げてみたんだが、固くてあんまりおいしくない。
玄米餅だからだろうか。
去年は白いお餅でやって、けっこうおいしかったんだけどな。
せっかく作ったので、無理やりつまんでいるという感じだ。
さあ、今日もまた校正をやろう。
やり始めたらいちどにやらないと、本の中の空気が変わるので。
夜ごはんは、白菜と厚揚げの薄味煮(片栗粉でとろみをつけた)、鷄の照焼き(撮影の残り)、レタスとクレソンとわかめのサラダ(ポン酢ごま油)、しいたけの味噌汁、玄米。

●2004年1月8日(木)快晴、風つよし

12時から撮影。
仕事始めだったので、最初はなかなか料理に入り込めなくて困った。
というか、気が弱い人になっているみたいだった。
ラジオからは大昔の歌謡曲が流れていて、ぼよーん、だるーんとした空気。
のんびりして、それもなかなか心地よかったんだけど、ブルー・ハーツに替えた。
リンダ・リンダでいきなり盛り上がりました。
カメラマンさんは、思わず(本当につい、という感じで1回だけ)跳ねていた。
彼は木村択さんという方。アシスタントはオスギという女の子だ。
何度もお世話になっているんですけど、私はなんか好きだなぁこのおふたり。
さて、ブルー・ハーツからこっちは、ぐんぐん楽しくなっていった。
やっぱ撮影は楽しい。
この楽しさを、私はしばらく忘れていました。
「日々ごはん」が本になることを本澤さんに話して、「布団の中で読める本がいいなと思って」と説明したら、「そういう人はあんまりいないと思うんだけど」と言う。
私は布団の中で読むのが当たり前だけど、それは私が暇だからだと気がついた。
そのままよく寝てしまうしな。
会社勤めの人たちは、電車の中で読んだりするらしい。
たとえばつり革につかまりながらでも、片手で読める本。
お母さんなんかは、子供が寝てから台所のテーブルで読んだりするのだそうだ。
「風呂で読む人というのは、一人になれる場所だからっていうこともあると思うよ」などと、とてもためになることを教わった。
私は本を作る側のくせに、皆が皆、私のように本好きで、暇さえあれば布団の中で読んでいるんだと思い込んでいた。
しかも、私は字がぎっしりめに詰まったものの方が嬉しい気持ちが沸いてくるんだけど、 多くの人はそれを敬遠するんだそうだ。
うーん、難しい。
5時に終わり、ヤーノがちらっと遊びに来た。
お正月にクウクウは、社員旅行で韓国に行ったのだ。
それで、ミョンエ(マスターの弟の奥さん、去年クウクウでも少し働いていた)のお母さんが作ったというキムチを持ってきてくれました。
ありがたいことです。
さあ今日は、レシピの直しをやって、早めに風呂に入ろう。
撮影の残りものがたくさんあるので、夜ごはんは作らないぞ。
そして、9時から寅さんを見よう。

●2004年1月7日(水)快晴、寒い

起きてすぐにパタパタとレシピ書き。
そして、明日の撮影用の仕入れに、あちこち走り回る。
1週間ぶりに化粧をし、1週間ぶりに外に出たのです。
ずっと温室のような暮しをしていたので、外は思ったより寒く、そしてちょっと怖くもあった。人とか車とかが。
家にこもりすぎると、自意識過剰になる気がする。
人に紛れて、外の空気にさらされることって、自分にとってとても大事な気がしました。
いろんな店で買い物をしているうちに、だんだん慣れてきて、帰りには調子にのってビッグ肉まんまで買ってしまった。
八百屋さんで七草も買った。
夕方、満々の満月が。
夜ごはんは、七草粥(玄米で。昨夜の残りのごぼう炒めもきざんで入れた)、マグロの中落ち、あさりの酒蒸し、大根おろし。
次のゲラ(日々ごはんの)が届いたので、今夜もまたどっぷりと直しをやります。

●2004年1月6日(火)晴れ、暖かい

あまりに天気がいいので洗濯をする。
シーツも洗った。
張り切って布団を干そうと思ったら、スイセイがまた寝ると言う。
まだ完全には治っていないのだ。
仕方がないので、スイセイを寝かしておいて、あちこち掃除をする。
正月の間じゅう、いちども掃除機をかけなかったのです。
あちこち埃をかぶっていたのが、スッキリ輪郭が現われてきた感じだ。
目に見えるものがはっきりしたら、がぜんやる気になってきました。
妊婦さん用(そういう雑誌)のパスタのメニューを考え、今はゲラの続きを直している。
あとで、週末の撮影のレシピもやってしまう。
「日々ごはん」の直しをするので読み込んでいると、一昨年のことなのに、今とすごく状況が変わっていて驚く。
まだ私はクウクウをやりながら料理家をやっていたから、とても忙しそうだ。
しかも忙しい上に、しょっちゅう飲みに行っている。
その1日1日のことを読んでいると、細部のことまで思い出す。
懐かしいような、つい最近のようにも思える日々。
残りの塩豚を茹でながら、ずっとやっていました。
2時くらいにスイセイが起きてきたので、ゆで汁で味噌味のほうとうを作る。
そして夜ごはんには、ほうとうの残りの汁ちょっとに、白菜と長ねぎをたくさん入れて煮込み、豚肉も加えてクタクタに煮た。
あとは、ごぼうのナンプラー炒めと、ハムエッグと、玄米。
今日もけっきょく買い物に出なかったので、残りもの総ざらいでした。
夜、10時過ぎにちよじが大阪から帰ってきた。
実家でついたというお餅をお土産に持ってきてくれました。
海老の入った赤いのや、青のりの入った緑色のもある。
焼いて食べるのが楽しみだ。
風呂に入りながら思ったんだが、昔の出来事にあまりに浸っていたので、ちょっと私は混乱しているかも。

●2004年1月5日(月)晴れ、少し寒い

スイセイは益々ひどくなってきた様子で、ご飯も食べずに寝ている。
薬のせいで、深く眠っているみたい。
時々、ものすごいイビキが聞こえてくる。
私は、どうやらやっと仕事ができそうな頭になってきている。
レシピを書き上げ、「日々ごはん」のゲラ校正をやる。
それにしても、やけに平仮名が目立つ。
本は縦書きになるので、漢字に変換した方がいい文字がたくさん出てきたのだ。
スイセイのイビキを聞いていると、ぐっと集中してやれる。
部屋の中の空気が安定して、乱れない感じ。
そういえば私は、31日以来ずっと外に出ていない。
夜ごはんは、カレーライス(スイセイ)、塩豚と蕪の葉の炒め物、納豆、わかめとねぎの味噌汁、白菜漬け。

●2004年1月4日(日)曇り、少しひんやり

スイセイが風邪をひいた。
なので、お昼に卵のお粥を作ってやる。
ル・クルーゼのいちばん小さい鍋、こういう時にちょうほうだ。
しかしスイセイって、風邪をひくと怒りっぽくなる。
世話をし過ぎるとうるさそうにするし、かといって放っておいてもだめだ。
甘えるのがへたなのだ。
こういう時によく思うが、わが家ってぜったい亭主関白だ。
今日は、私は私で生きていこう。
さぁさ、レシピの続きをやってしまおう。
百合根が3個、冷蔵庫で茶色になりかけていたのを発見したので、スープにしてみた。
バラバラにして茶色いところだけを削って、ひたひたの水と塩ひとつまみだけ入れ、コトコトと煮る。
柔らかくなったら崩して、ちょっと味見したら、これだけですごく美味しかった。
ほんのり甘みのあるお粥みたい。
病気の時にはこれで充分だと思うけれど、ほんのひとつまみガラスープの素を入れた。
器によそってから、ごま油と黒こしょうを少々。
これ、オススメです。滋養がある感じ。
夜ごはんは、チキンカレー(カレー粉少なめの優しい味。スイセイのリクエスト)、人参とキャベツのコールスロー。

●2004年1月3日(土)晴れ、暖かい

正月ののんべんだらりも少し飽きてきたので、なんとなく仕事をやり始める。
次回撮影のレシピ書きだ。
しかし、パソコンの指がもつれるので、途中からは料理名と材料だけをとりあえず打ち込んだ。
まだ頭の中が正月なのだ。
夜ごはんは、焼き餅、かずのこ、牛肉の味噌漬け(フライパンで焼いて、万能ねぎと合わせた)大根おろし添え、わかめとほうれん草の煮浸し、きゅうりとにんじんと大根の塩水漬け。
今日は、帰省ラッシュだそうである。
東京が静かなのも、そろそろお終いだ。
そういえば、お昼に塩豚でチャーハンを作ったのだが、なんとなく豚臭かった。
塩豚を仕込んだのは29日の夕方だから、4〜5日目というところだが、出てきた水分は血が混じってやけに赤かった。
前に川原さんから、「豚臭いんだけど何でだろう」とよく質問されていたが、これだったのだな。
私には心当たりがある。
それは、豚を買ってきた翌日に塩をしたからだと思う。
しかも、年末の大売り出しで豚肩ロースがかなり安くなっていたから、もしかしたらすでに鮮度が落ちていたのかもしれない。
これは大事なことなので、こんどの塩豚レシピに追加しよう。

●2004年1月2日(金)晴れ、すごく暖かい

東京は、ものすごく静か。
暮れに魚屋さんに買い物に行った時、車がほとんど走ってなくて新鮮だったけど、正月になったら益々音がしなくなった。
今日はハルの声さえ聞こえない。
大家さんはきっと、ハルを連れて田舎に帰っているのだろう。
2時を過ぎても寝ていたら、カラスがカーカーと鳴いた。
「もう起きろよ」という風に。
昨夜は5時までスイセイと話していたのです。
私はご飯も食べずに、日本酒をすいすいと飲んだ。
言葉がすらすら出てきて、スイセイとのテレパシーみたいな会話がおもしろく、止まらなくなってしまった。
正月の3日間は、いっさい仕事のことを考えるのを止めようと決めているので、頭も体もふだんとまったく違う感じ方になっているみたい。
どういうわけだか背中が重たく、脱力している。
1年のコリがすべて出てきたみたいに。
いつもは無意識に力が入っていて、背中のコリに気がつかないのだろうか。
頭の方は・・、頭というか脳というか、やっぱり脱力しているみたい。
いろんな情報が素直に、ただ入ってくる感じ。
感情は薄く、ぼやーっとしてるのに、テレビの言葉がすごく入ってきちゃって、脳が冴えている感じ。
そして食欲というものがない。
ご飯を食べないでいたら、体がなくなって頭が冴えるような気がするが、こんなことをしていたらダメだよ、とも思う。
体も使って考えないと、その考えはダメだと思う。
今ふと思ったが、この状態ってドラッグをやってる時みたいかも。
というか、単に二日酔いなんだろう。
さっき、お雑煮のお汁で卵雑炊を作って食べました。
今夜は、カキで何かを作ろう。
さあ、体と気持ちを動かして、料理をしよう。
とりあえず、カキを鍋でから炒りして、オイルをまぶしておこうと思う。
夜ごはんは、カキとエリンギと菜の花のオイスターソース炒め、めかぶ、平目の刺し身(2日目なので、塩でしめて柚子をしぼった)、こんにゃくのおかか煮、玄米、茄子の味噌汁(カキをから炒りした鍋にこびりついた、おいしいところをだし汁でのばして)。
9時から「向田邦子の恋文」をやるので、8時に夜ご飯を食べました。
カキの炒め物、スイセイが何度も「うまいのう」と唸っていた。
心をこめても作ったが、丹治君のカキが新鮮で上等なのだ。

●2004年1月1日(木)晴れ、暖かい

1時半に起きて、洗濯機を回しながらボーッとしていたら、りうが起きてきた。
りうは一人暮らしを始めて最初の冬を過ごしているが、アパートがとても寒いらしい。
ひと晩寝てみて、この家が暖かいことに驚いていた。
「川の近くだからかなあ」とか言いながら、「雨戸がついてるから雨戸を閉めたらいいんだ、きっと」と、今日やっと気がついたらしい。
元旦の食卓の用意をしていたら、スイセイが起きてきた。
「あけ」とスイセイが言い、「まして」とりうが続け、「おめ」と私。
「で」がスイセイで、「とお〜」とりう。
お雑煮、なまこ酢の韓国風(酢、コチュジャン、しょうゆ、ごま油)、平目のお刺し身、かずのこ、ずわい蟹、ほうれん草のお浸し、伊達巻、千枚漬け。
広島の今田酒造から送っていただいた、おいしい日本酒を飲みながら、これからの仕事の話などし合う。
スイセイは、「オデはもう誰かの手伝いはしない。自分のやりたいことがいっぱいあって、それどころじゃないんよ」と発表していた。
そう、スイセイって、困っている人がいると放っておけなくて、つい首をつっこんでしまい、しかも思いっきり入り込んでしまうのだ。
それもまたスイセイらしいんだけど、スイセイには、自分の作品をどんどん作り出していって欲しいと、心から私もそう思う。
りうが5時くらいに帰ってから、布団の上で私たち夫婦はお灸をやり合う。
民謡の番組を見ながら。
お灸のせいなのか、昼間っから日本酒を飲んだせいなのか、私はすぐに眠たくなり、次に起きたのは9時でした。
目が覚めそうなボヨーンとした時に、私はおもしろい夢をみた。
(さあそろそろ起きないと。起きて、スイセイとみい(自分のこと)にご飯を作ってあげなくちゃ・・)と、夢の中で私は思った。
つまり、寝ていた私はまったく別の人格の人で、私ではないらしかった。
それはいったい誰なんだろうかと思うが、その人は太っ腹でおおらかで、すごく眠るのが好きで、気持ちのスケールがバカでかい、おばちゃんかおばあちゃんみたいな人の感じがした。
勇敢で、ケチくさくなく、トトロの猫バスみたいな人。
寝ぼけながら、私は、そのおばちゃんの声を聞くようにすればいいのだなと思った。
私がなりたい人の感じを確信した。というか、体感してしまった。
起きてお雑煮を作り、丹治くんが送ってくださった生ガキでカキ酢(スイセイのリクエスト)も作る。
私はぜんぜんお腹が空かないので、スイセイの残したほうれん草の赤いところなどをつまむ。
村上龍のインタビュー番組を、おもしろくじっくり二人で見ながら。
そういえば、忘れないうちに書いておくが、クウクウのクロージングパーティーの夜、びっくらたまげたのはヤーノだった。
ヤーノはクウクウのスタッフで、私のかわいい弟みたいな子だが、彼はコトリ・コミューンというDJグループをやっている。
すごかったのは、「え〜、ただいま沖縄と電話がつながっております・・」とかって、ケイタイで喋りながらマイクでもって中継のようなことを一通りやり、その時ちょうどハナレグミのタカシ君が、郁子ちゃんとクウクウに入って来て、受付けを済ませていたんです。
すると、「皆さま、どうやらタカシ君が今到着したようですので、沖縄のダイホ君とセッションをしていただきましょう〜!」。
タカシ君はわけもわからず、目が点になっていました。
私も意味が分からず、お客さん全員が棒立ちになって、DJブースを注目していました。
そして前奏が始まり、ハーモニカの音もバリバリ聞こえてきて、すぐに意味が分かったタカシ君が歌い始め、皆もそれを囲んでジャンプしながら踊って歌って、めっちゃくちゃに盛り上がった。
「じゃーじゃーねじゃーね、それはボヤキッスー!」とかいうノリノリの、まだ発売前の新曲だ。
つまりケイタイ電話を通じて、ダイホ君が沖縄で、今まさにハーモニカで伴奏をしているってわけで、そういうケイタイだかマイクだかを、今朝ヤーノは秋葉原に行って買って来たんだそうです。
未来のようでした。
まさに、想いが時空を越えて、共有しているではないですか。
そんなテレパシーみたいなこと。だけど、今現実に起こってるじゃん。
私は、ヤーノの新式なクリエイティブ魂にしびれました。
その場にいる全員を、ざらーっと総ざらいして、ひとり残らず連れて行ってしまうそのパワーが、ヤーノのパーティー大好き根性のすべてでした。
何年もヤーノと仕事をしたり、飲んだり、遊んだりしてきたけれど、私はあの夜始めてヤーノに出会ったな・・っつう感じです。
ほんと、あそこまでバカな奴だと思わなかった。
すっかり尊敬してしまった。
ところで今思い出したが、せっかくりうが来たのに、満月卵を出すのを忘れてしまった。
ひと月以上前から仕込んでおいたのに。



日々ごはんへ めにうへ