2005年8月上

●2005年8月10日(水)

朝、雨が降った。
窓を開けっ放して寝ているから、避暑地のように涼しい風が入ってきていた。
洗濯物を昨夜干したのを思い出し、慌てて取り込む。
さて、『ポーの話』。
昨夜は第3話の始まりまで読んだ。
涙が出ない。
私はすぐに泣くから、ぐっとくる所々(たくさんあった)で大泣きのはずなのに。
なんというか、感情や情緒というものに落ちないのだ。
だからと言って無感情というのではぜんぜんなく、根底に流れている強くなめらかなものにがっしり鷲掴みにされて、涙も出やしませんという感じ。
たぶん私はポーになっているのだ。
天気売りの声が人形から聞こえてきた時だけ、少し泣いた。
あとは、何が起こっても泣かない。
「川はすべてのものをわけへだてなく運んだ。あたたかい腹のなかに包みこむようにして。」「ポーは水の中で眠った。両岸をはるかにのぞむ流れの中央で、仰向けになって両の手足をだらりと伸ばし、川水が自分を運ぶのに任せた。」 ここの所を読んで、すっかり自分も川の中にいるような気になりながら、布団に背中をくっつけて寝た。
さて、1時前に有山君と長野君が来た。
3時くらいに岡戸さんもいらっしゃる予定。
今日から「クウネル」の撮影が始まります。
内容はまだここには書けませんが、とても楽しいことになりそうです。
この模様は次号「クウネル」にて、楽しみにしていてください。
夜ごはんは、南瓜煮(マヨネーズ添え)、鶏の塩焼き、南蛮と舞茸の塩炒め(鶏から出た脂で炒めた。脂には塩味がついているので、仕上げにちょっとだけ酒とナンプラー)、たたき胡瓜と人参の塩もみ、切り干し大根と糸こんにゃくの薄味煮(昨夜の残り)、麻婆豆腐(昨夜の残り)貝割れとみょうがの味噌汁、玄米。
また『ポーの話』を読みたいところだが、今夜は布団の中でペルーに行く予定。
ひとつ原稿(ペルーの)を書かなければならないので。

●2005年8月9日(火)曇り時々晴れ

『ポーの話』、すばらしい。
昨夜寝る前に読んでどっぷりと浸り、朝起きてもまだ余韻が残っていた。
泥の川に自分が潜っているような感触を、不思議と読みながらずっと感じていた。
起きてもまだ息ができないような、エラ呼吸しているような。
1話でやめておいたので、今夜また読むのが楽しみだ。
今日はわりに涼しくて、過ごしやすかった。
強力な掃除用ブラシを買ったので、あちこち気になるところを掃除した。
たまっていたゲラの校正をやってお送りし、『日々ごはん5』の校正もやる。
夜ごはんは、麻婆豆腐、冷やしトマト、切り干し大根と白滝の薄味煮、ほうれん草のおひたし、玉葱の味噌汁、高きび入り玄米。
夜になって、クーラーみたいにひんやりした風が吹いている。
ディスカバリー号、無事帰還しました。
予定の時間になってもどのチャンネルを回してもやらないので、スイセイがインターネットのニュースで調べてくれた。
私は心底ホッとして、ちょっと涙がにじむ。
そういえば、夕方、ディスカバリー号の到着をどこかでやっていないかとチャンネルを回していたら、ふたり合わせて207歳という超老夫婦がニユースに出ていた。
じいさんは104歳、ばあさんは103歳だ。
「楽しみは何ですか?」という質問に、ばあさんの手首に触りながらにこやかに、「わたしはこの人と一緒にいることが楽しみです」とじいさんは言った。
ばあさんに聞いたら、「たのしみなことなんか、なーんも、ねえ」と、低い確かな声で言った。
「なーんも」の所で首をゆっくり動かし、ごみをさらうみたいにして言った。
ある意味で、ばあさんはボケてない。

●2005年8月8日(月)晴れ一時雷雨

洗濯物を干そうとしていたまさにその時、ポツリポツリと雨粒が落ちてきた。
大急ぎで布団を入れる。
だんだん雨足が強くなり、しばらくするとザーザー降りに。
「みい、雨で!」と、その時になってやっと気がついたスイセイが、慌てて教えにきてくれた。
スイセイの部屋は、外の気配が分かりにくい。
というかスイセイは、外の変化に興味がないのだ。
宇宙船の中で考え事をしているようなものだから。
このところ渇ききっていたから、ありがたい恵みの雨です。
清水さんは、きっと喜んでいるだろうな。
お昼に蕎麦を茹で、薬味もたくさん用意したのに、スイセイはいまひとつ食欲がない。
暑さには女の方が強いのだろうか。
今、雷まじりの激しい降りなんだけど、負けずに蝉が鳴いている。
空が明るいので南の島の雨期を思い出す。
ロスメン(安宿)の窓際に腰掛けている自分。
そういえばシャワーみたいに雨が降っても、鳥たちは盛んに鳴いていたものな。
雨が上がったので、美容院に行く。
帰りの井の頭公園は、蝉ではなくて蜩の涼しげな合唱だった。
紀伊国屋に寄って夜ごはんの買い物をして帰ってくる。
鰹の刺し身(薬味たっぷり、わかめ添え)、レタスと胡瓜のサラダ、揚げ玉の卵とじ、真鯛の塩焼き(昨夜の残り)、とろろ芋(昼の残り)、枝豆、つみれと椎茸のすまし汁、玄米。
デザートは小豆カンを小さく切って、牛乳をかけたもの。
小豆カン、これでやっと食べ終わった。
今日、ひさしぶりに本屋さんに行ったら、料理本の新しいのがたくさん出ていた。
が、自分の本も置いてあるので、恥ずかしくて、ぜんぜん落ち着いて見れないのが辛い。
さっと横目で通り過ぎるくらいだ。
買いのがしていた『ポーの話』と『しずかに流れるみどりの川』を買った。
今夜は、早めに風呂に入って読み始めよう。

●2005年8月7日(日)快晴、真夏日

夏真っ盛りだなあ。
起きて早々に、押し入れの中を掃除する。
できるだけクーラーはつけないで窓を開け放しているから、すぐに汗をかくけれど、そのたんびに何度でも水浴びする。
洗濯物も、干したそばから乾いてしまう。
さて、今日もゲラの校正をやるとしよう。
「サヨナラCOLOR」のサントラCDを聞きながら。
私は気に入ると何度でも同じのをかけるから、このところ毎日ずっと繰り返し聞いている。
でも、どうしてもタカシ君の韓国風の演歌みたいな曲になると、次に飛ばしてしまう。
校正のムードには、どうしても合わないので。
あれは、真面目に歌っているのだろうか。
そして、毎回「サヨナラCOLOR」が始まると、キヨシローといっしょになって私もハモる。
調子よく5時までやって、スイセイと買い物に行く。
帰ってきたら、夜ごはんの下ごしらえをして、『まる子』と『サザエさん』だ。
今日は『トップランナー』でリーさんが出るので、これもまた見逃せない。
夜ごはんは、茹でとうもろこし、真鯛の塩焼き、鮪のすき身、冷やし鉢(茄子、いんげん、おくら)、トマト、スーパーのメンチ(私)とカレーコロッケ(スイセイ)、シジミの味噌汁、玄米。
献立がすべてそろってから茹で始め、おかずも味噌汁もそっちのけで、まずは茹でたてのとうもろこしにかぶりつく。
夏ならではの、至福の時だ。
そういえば今日は、4時半くらいからいっせいに蝉しぐれになった。
明日はどうなのか、忘れずに時間をチェックしてみよう。

●2005年8月6日(土)快晴、真夏日

お昼を過ぎた今、煙たいように晴れている。
木はへたっとして、緑は輝きがない。
ちょっとでいいから、ひと雨降ってくれるとありがたいんだけどなあ。
昨夜、早めに布団をしいて『シルクロード』を見ていたら、蝉がひと声だけ鳴くのが4回くらい聞こえた。
蝉の命は1日と言うが、そのひと声で死んだのだろうか?、それともあれは脱皮した時の産声なのだろうか?、なんて思いながらゴロゴロしていた。
さて、今日からまた『日々ごはん5』のゲラ校正を始めよう。
水浴びしてからやり始めるつもり。
最近、タカシ君たちのサントラ版を聞きながら校正をやっている。
すごくいい。
何度も何度も聞いている。
仲間たちで去年の夏に作ったらしいが、こんなに楽しそうなことをやっていたんだな。
いいことをやっちゃってるなあ。
夕方、暮れるちょっと前、蝉しぐれがシャワーのように降って、涼しい風が吹いている。
聞いたことのない鳥の歌声も、奥から聞こえてくる。
この時間、まだまだ電気をつけたくないなあ。
部屋の中は真っ暗だけど、外は薄蒼く、緑は昼間よりも深い色をたたえている。
夜ごはんは、混ぜ寿司(スモークサーモン、たらこ、胡瓜、しょうが、みょうが、かんぴょうと椎茸の甘煮)、冷やしトマト、エリンギ網焼き、にらとクレソンのナンプラー炒め、焼き茄子のすまし汁。

●2005年8月5日(金)快晴、夏日

今日もまた暑い。
昨夜もクーラーをつけて寝てしまった。
たっぷり寝ているのはずなのに、寝起きが悪いまま、風呂に入って無理やり目を覚ます。
夏バテだろうか。
それにしても変な夢をみた。
ある施設にクウクウの皆で行ったら、そこで出た食べ物を食べた人はどんどん変な風になっていった。
用意されていた服に着替え(すごく派手なレースの重ね着みたいな)、濃い化粧もされて、目つきがおかしくなっていった。
私だけはどういう訳だか食べ逃したので、皆の変わっていく様子が分かった。
とにかく逃げ出した私は、空を飛んだり、でも電線にひっかかって引き返したり、タクシーに乗ろうとしても田舎道でぜんぜん来なかったり、気がつくとまた施設に戻っていたりした。
ふと思いついて、チラシのような紙切れの片隅に「風、土、山、光」と書いたら、隣にいた子の洗脳が溶けた。
それを伝言ゲームのようにどんどん回していくところで、やっと目が覚めた。
11時からはNHKの撮影。
日置さん、大畑さん、吉田さんはのんびりマイペースムードなので、皆に助けられるようにしてやった。
ヒラリンにも助けてもらって、料理を作り始めたら、少しづつ調子が戻ってきた。
3時前には終わる。
5時から岡戸さんと打ち合わせなので、それまでのんびりくつろぎます。
ちょうどアノニマから読書カードが送られてきたので、畳の部屋で寝そべって読むとしよう。
夜ごはんは、鯵の開き、冷やしトマト、とりモツ塩焼き、新れんこんのナンプラーきんぴら、おくらみょうが納豆、じゃがいもの味噌汁、玄米。

●2005年8月4日(木)晴れ

ふ、二日酔いと夏バテのダブルパンチだ。
昨日は、打ち合わせが8時くらいに終わり、南青山の焼き肉屋さんに連れて行ってもらった。
「焼き肉」というよりは、「肉焼き」とメニューにも書いてあったが、霜降りのリブロースやサーロイン、ハラミなどの厚切りを炭火でゆっくり炙り、ひきたての岩塩で食べる。マスターの実家が神戸のお肉屋さんだから、こんなにいい肉が手に入るのだそうだ。
本人は、肉を切ることが心底好きで、小学生の3年の時、すでに自分専用の肉切り包丁を持っていたらしい。
いいお肉の脂って、おいしい野菜みたいでまったくギトギトしてないから、生ビールを飲みながら、幸せにパクパクと食べてしまった。
おいしかったなあ。幸せだったなあ。
倫子ちゃんにも会えたし。
赤澤さんも、昌太郎君も肉が好きだから、ぜひここを教えてあげたい。
けれど、やっぱり肉は翌日にくるのだ。
胃がすっかりもたれて、今日は使い物になりません。
クーラーをつけた部屋で、水を飲んではひたすら眠る。
夜ごはんは、タイ米を炊いたのがあったので、レトルトのカレーをかけて食べる。
スイセイは、カレーとめんつゆを混ぜてカレー蕎麦を自分で作っていた。

●2005年8月3日(水)蒸し暑い

ひさびさの撮影なので、早起きしてあちこち掃除機をかける。
うちの掃除機は、5年前に中古で買った黄緑色の古めかしい型なのだけど、私は無理やりあちこちひきずり回してガンガン働かせる。
吸引力も弱いし、車輪もあまりスムーズじゃないから、勢い余ってひっくり返ってしまった。
その様子は、昆虫がお腹を出して足をバタバタしているよう。
もう少していねいに扱ってあげないと可愛そうとも思うが、新しい掃除機が欲しいなあ。
みどりちゃんちにある、中が透き通って見える吸い込みも強力なやつが。
ドイツ製だったか、イギリス製だったか。
そういえば、この間のカナブンは、よく思い返すと黄金虫だった気がする。
12時より「翼の王国」の撮影。
終わったら、ひき続き丹治君と打ち合わせ。

●2005年8月2日(火)薄い晴れ、湿気多し

蝉が鳴いている。
夕方にひと雨きそうな天気なので、お昼を食べて早めに買い物に出る。
明日の撮影用に、紀伊国屋と東急を回る。
東急に、剣先イカなんていう珍しいのがあった。
去年大阪にサイン会に行った時、飲み屋で洋風に焼いたのを食べたが、肉厚でとてもおいしかった。
今夜はまたとろろ芋にして欲しいそうなので、イカ焼きか、あるいはお刺し身にしようと思い買ってみる。
買い物をしている主婦たちは皆、真面目な顔をして、どことなく慌ただしかった。
いつ雨が降ってくるかと思って、さっさと用事を済ませたいのだろう。
帰ると、スイセイは昼寝をしていた。
昼の暑い時に歩き回って日に当たったから、ちょっと夏バテ気味なのだ。
このところ毎日ウォーキングをして、Tシャツの肌が透けるほど、汗びっしょりで帰ってくるし。
私はシャワーを浴びて大テーブルの上を片づけ、今朝届いた『日々ごはん5』のゲラ校正を始める。
夜ごはんは、とろろ芋(冷汁風にみそ味、みょうが添え)、剣先イカの墨炒め(1/4をお刺し身に)、小松菜のおひたし、蒟蒻とまいたけの炒り煮、玄米。

●2005年8月1日(月)快晴

まさに8月という天気。
お昼に、冷やしたぬきうどんを作る。
大根おろしをたっぷりのせて、スイセイは天カス抜きだから、おろしうどん。
布団を干し、ベンチのマットを洗濯する。
食べながら、岡戸さんからいただいた仕事についてスイセイと話し合う。
梅干しの赤じそ(ゆかりにしようと思って)、すり鉢、まな板、米びつを干す。
水色のつなぎを着た清掃員のおにいさんが、うちよりも高い鉄柱に立って、銀杏の木を切っていた。
私がベランダにいても、まったくこっちを見ないで作業している。
私は洗濯物を干しながら、ちらちらと観察する。
腰に荒縄を結んでいるが、命綱はあれだけなのだろうか。
天気のいい日は、干すものがないともったいないような気持ちになるが、私はよっぽど干すのが好きなのだ。
反対に湿ったものや濡れたもの、窓を閉め切って何かをやる(空気がこもる)のが苦手。
窓をいっぱいに開けて、今日のようなこの夏らしさをいやになるほど味わいたい。
夕方になるとけっこう涼しい風が吹いてきて、少し心配になる。
お盆を過ぎると、もういっぺんに夏ではなくなるからな。
今日の仕事は、今週撮影分のレシピ書きと、仕入れ表のまとめ。
明日は仕入れの日で、あさっては撮影。
小豆を煮たのが冷蔵庫に残っていたので、桃ちゃんにいただいた糸寒天で小豆カンを作る。波照間島の黒砂糖とはちみつで黒みつも作った。
黒砂糖は、ミキちゃん経由でもらった良美ちゃんのお土産で、石灰を入れる前のものだそう。
石炭みたいに(少し大げさ)真っ黒で、濃い味がする。
夕暮れ時、蝉しぐれが聞こえた。
今年初めて聞こえた。
空は、刻々と色を変えてゆく。
ほんのり茜色に染まっていたすじ雲が白くなり、こんどは奥の雲々が染まって、燃える山脈のよう。
宇宙にいる野口さん、この天の遥か上の方で、今ごろ何をしているだろう。
どうか無事に帰還して欲しい。
夜ごはんは、ニラ玉(ニラたっぷり)、ラムの焼き肉(千キャベツ添え)、冷やしトマト、塩らっきょう、焼き茄子の味噌汁、玄米。デザートは小豆カン。



日々ごはんへ めにうへ