2002年4月上

●2002年4月10日(水)

テレビの収録でお台場へ。
こないだの収録からまだ2週間くらいだから、あまりおっくうではなく行って来れた。
玄関のところでテりー伊藤さんが入って来るのを見かけました。白いトレーナーかTシャツだったか、顔も全体的に白くてなんかきれいな感じでした。
健康そうな空気が漂っていた。一瞬見て、すぐに私は下を向いたけど、なんか疲れていない空気という感じがしました。お忙しいとは思うけれど。
本番の時に、ビーフンのゆで加減を説明していて、この固さをどう表現すればいいものかと思っていたら、1本かんでみたイモちゃんが「輪ゴムをかんだ時みたいな固さですねー」とすかさず言ってくれた。笑ったけど、ほんとにそうなのだ。ぴったりの感じでした。
私はこういうたとえの言い方が好き。
実感がこもっていて、誰にでも伝わる言葉だ。
輪ゴムと言ったらまずそうなイメージだけど、そこにスープを加えて炒めながら染み込ませてふっくらおいしく炒めるのだから、いいのだそれで。

収録が終わってタクシーに乗せてもらい、銀座の松屋デパートの脇で降ろしてもらいました。
ありがたいことです。私は方向音痴だから、松屋までよう行けない。
そして、行きたい所は松屋デパートでなく、7階のギャラリー。
立花君が個展をやっている会場に行きたいだけなのだ。
個展はすばらしかった。その空間も飾り方や照明も立花君と違和感がない。
当り前のことだが、これはなかなかできることではないと思う。
そして、活版印刷のでこぼこ感や、紙の質をたんのうしながら、次の本のことをじっと感じて(考えて)みました。
彼と組んで本を作れる喜びをまた改めて味わったが、今はもう、うっとりとしている場合ではない。
明日とあさっては、ぐっと入り込んで本の構想を練ろう。
欲しかった「クララ洋裁研究所」を買って帰って来た。

夕方帰って来て図書館に行き、高野文子さんの「絶対安全剃刀」やその他野菜料理の本などを借りる。
そして昼寝をし、夜中12時に起きた。
ハンバーグにしようと思って肉を買って帰ったが、急遽変更してオムレツに。
昔ながらの、挽肉と玉ねぎを炒めた具のオムレツとキャベツの千切り。ソースかけ。
銀色さんの「ミタカ君と私」に出てくるオムレツだ。
ナミコが気持ちも体もくたびれて帰って来た時、「ねえちゃんのはお尻のかたちにしてやろうか」と、弟のミサオが作ってくれたオムレツ。
そして、私の子供の頃には「オムレットさん」というマンガがありました。
奥様は魔女風の女の子が、白いフリルのエプロンをつけて、いつもフライパンを持っているマンガだった。バターたっぷりあこがれのオムレツだ。
ああ、長い一日だった。
読んでくださった方、どうもありがとうございます。

●2002年4月9日(火)

クウクウの仕込みをちょっと手伝ってから打ち合わせ。
30品のメニュー。
ちょっと頭痛がしました。
机の上でメニューを考えるのって、生理的に無理があると思うけれど、すでに料理研究家の仕事というのは、生理をぶっとばさないとやっていけない角度もあるのだ。

帰りに、魚を炭で焼いている魚屋さんで、さわらの塩焼きを買う。
起き火で焼いていた鮭のハラスも思わず買う。
両方ともとっくに冷めているけれど、「温めねえで食べな」とおじさんは言う。
温め直すとせっかくの炭焼きの味が落ちるのだとは思うけれど、私はレンジで温めて食べました。さわらはぶりっとしておいしかった。
ハラスは思った以上に油っぽい。やっぱり温めたのがいけなかったのか。
わかめとねぎの味噌汁。
これは、この間サンが作ってくれたのが永谷園の「あさげ」のようでとてもおいしく、味噌汁の初心に帰ろうと思い、再現した。スイセイはものすごく喜んでくれた。
工夫しすぎないふつうの料理に飢えているスイセイだ。

●2002年4月8日(月)

大量の洗濯ものを干して鍼に行った。
やはり日曜日にまともに働くと、左の背中が重くなる。
ほんとうに軟弱になってしまった私の体よ。
治療が終わってから、3年番茶のおいしさについて患者のおばちゃんと語り合ってしまった。
ぼわっとして気持ちが良いから、ほんとうはあまりおしゃべりしたくないのに。
つらつらと語る私。煮出し時間や葉っぱの量、梅干しとしょうがとしょうゆちょっとを入れても体に良いとかなんとか。おたくはどちらが悪いんですか?と聞かれ、答える私。
帰ってから竹の子をゆでながら、赤飯のおにぎりとコロッケを食べ、番茶をおいしく飲む。
やっぱり葉っぱをケチらないことと、20分煮出すことが肝心だと結論を出した。
夜ごはんは、竹の子のおかか煮、竹の子玄米ごはん、塩さんま焼き、大根おろし、小松菜のポン酢しょうゆかけ、姫皮とあさりの味噌汁。
スイセイは竹の子ばかりで文句を言っていた。
竹の子はなかなか味わえないから、竹の子ずくしにしたのです。
そして柏もち。その頃になると、スイセイはもうおいしさにうっとりしていて、「おいしゅうございました」と言いおいて部屋に引き上げて行った。
りうは竹の子ごはんを3杯もおかわりをし、後で腹をくだしたらしい。
明日の打ち合わせのためにアイデアを書き出す。
ひと皿で満足する料理。30品なり。
うわーっと、思いついた順に白い紙に書き出してゆく。

●2002年4月7日(日)

クウクウでした。
新人君は新井君といいます。季節サラダの盛り付けをきっちりきれいに盛るので、ちょいと注意。いちど盛り付けてからぐっとつかんでくずしてね。野菜があばれているように、と。今月のサラダは、こごみ、クレソン、アスパラ、トレビス、あおやぎ、ひじき、甘夏みかんなどが入っている。ドレッシングは豆腐マヨネーズ。
絹ごし豆腐を水きりして、薄口しょうゆ、ねりごま、酢、ナンプラー、胡麻油、サラダ油をミキサーにかけたもの。
奥のテーブルでマスターたちが飲んでいて、時々マスターの大笑いが聞こえてくる。
お客さん方の誰よりも、楽しそうなマスター。
なんか安心して働く。

●2002年4月6日(土)

朝帰りしてちょっと仮眠し、夕方からクウクウへ。
新人君が初土曜日なので、様子を見に行った。
ぎょうざなど巻きながら、忙しくなるのを待つが、新人君はすごくだいじょうぶ。
背の高い彼は、野菜を切ったり盛り付けたりする時に、体を曲げて料理に近づいて、ひとつひとつてにいねいに仕上げてゆく。
料理に体が近づいているということは、気持ちも料理に近づいているから。
あるいは、作っている料理と彼は糸でつながっている。
そういうことは目に見えるものなのだなと、彼を見ていて思った。
私はうんと安心し、8時には家に帰って来た。
夜ごはんは、小松菜となすと豚肉の炒めもの、納豆、もずく酢、塩鮭、豆腐と油揚げの味噌汁と玄米。
スイセイは昨日病院に検査に行ったが、調子が良いらしい。
血糖値はほとんど正常。「油断は禁物じゃがの」と自分で言っていた。

●2002年4月5日(金)

テレビが届いた。銀色のシンプルボディー。
寝室の隅に置いてみたが、でっぱってどうも気に入らないので、押入れを整理して、押入れの中に入れた。あんまりテレビは見ないから、見る時だけ、押入を開けて見ればいいのだ。
2時には家を出てサンのお宅へ。陽の当たる2階は、すでにクウクウの子たちでいっぱいだった。皆ほんのり赤くなっている。今日はサンの送別会なのだ。
昼間飲むと酔っ払うと言って、マスターはソファーで昼寝していた。
夕方からクウクウで仕事の子たちがぼつぼつと帰り始め、残ったのはヤノ君と私とマスターだけ。ちびちびと飲み続けました。
昼間から飲むと、旅行に来ているみたいで、酔っ払わない。時間が長くてやたら楽しい。
ひとつひとつが味わい深く、発見があり、いちいちいいなと思う。
ブラという猫がいるのだが、あんまり鳴かない猫で、一心な目でじっと私をみつめる。
動物が家にいるというのは、動物と日々会話するわけだから、いるといないのとでは大違いなのだろうな。動物って、まじめで正直だから。
そして、ブラにそっくりなしみずた。彼女はこのホームページのイラストを描いた娘で、サンの奥さんです。しみずたが夕方からアルバイトに出て行ったので、私たちは彼女が働く店に追っかけて行った。出かける時、サンはブラに向かって、「ちょっと行って来るな。すぐ帰って来るからな」と声をかけていた。
というわけで、「サポ」という店でワインを3本開け、べろべろに酔っ払いました。
帰り道で、豆みょうの根が出たパック入りのやつを、「あーっ」と叫んでしみずたは拾っていた。そしてヤノ君とふとんを並べ、泊まってしまった私。
朝になってふと見ると、ゆうべの豆みょうが器に生けてあった。緑の濃い野菜だ。
きっと大きくなったら食べるんだろうな。
「もう帰っちやうの?」としみずたが言う。
「あっ、ちょっと待って」と言うので何かと思ったら、ばたばたと2階に上がって行き、試供品のシャンプーとリンスをくれた。「いい匂いがするから」だって。

●2002年4月4日(木)

買い物に行かなくてもできる晩ご飯、という撮影の依頼の電話。
それは私の得意な部門だ。「やりますよー」とねぼけながらもすぐに答える。
買い物に行きたくなかったので、夜はさみしいご飯でもいいか?とスイセイに聞いたら、「いやじゃ」と言うので、買い物に行った。
スイセイの好物の筑前煮はちくわ入り。ホッケの焼いたのと小松菜のおひたし。
大根の味噌汁と玄米。そして私はきのうのカレーに買って来たトンカツでカツカレーに。満足度100パーセントのメニューでした。

●2002年4月3日(水)

夕方から打ち合わせでクウクウへ。夏のおすすめ麺の。打ち合わせはさーっと終わりました。
今日から厨房に新人君が来た。とても背の高い若者だ。
その子をとり囲むようにして、あとの3人が作業したりしているのだが、なんかこの感じって・・・夏休みに都会から遊びに来た遠い親戚の子、あるいはホームステイに来た外国の子。
っていう感じがした。
皆あんまり話しかけたりはしないのだが、なんとなくその子を見守りながら、何かをやっている。
「だいじょうぶ?」とねえちゃんの私が聞くと、妹弟たちは「うん」と答えながらにやにやしている。やっぱりクウクウって家族っぽい。

そして私は「晩酌や」へ。リーダーを誘って飲みに行った。
かつおのモロヘイヤ和え、あさりの酒蒸し、ジャーマンハンバーグというつなぎがまったくゼロの牛肉100パーセントのグリルなど食べる。お通しは、がんもどきと玉ねぎの煮物。
ぜんぶおいしい。おじさんがひとりで作っているのに、料理上手のおかあさんの味。不思議だ。
ワイン、招興酒、焼酎と飲み進みながら、リーダーとの話はきりがなく続く。
あっという間に11時をまわってしまった。
帰ってから、楽しい時間というのは早く過ぎすぎるなと思う。
人に会って、酒を飲み始めると、いつも楽しくて時間がどんどん過ぎてしまう。
私には早すぎて、ついてゆけない。
ひとりで家で本を読んでいたり、ふとんの中でもの思いに耽っていたりする時間の、なんと長いことか。そして、その長さが私にはちょうどよく楽しくもある。
味わい深いというかなんというか。
映画やテレビも私には早く過ぎすぎる。
本はいい。じんわりした味わい。
私の料理の味といっしょだな。
しかし、そう言う私もあさってはまた飲み会の約束をしている。昼間っから。
この間、高野照子ちゃんの「モロッコでラマダーン」をテレビで見ていたら、モロッコ人の若者が、「楽しいと時間が早く過ぎる。たいくつだと時間がうんと遅くていやになっちゃう。だから僕らはうんと楽しむんだ」と言って、何時間も踊りふざけていた。
イスラムだから酒は飲まない。けれど彼らは酔っ払いみたいになって、男同士でまともにチークダンスなどしている。小さいカセットテープレコーダーから流れてくるノイズだらけの音楽に合わせて。わかるなあ、ばかだなあ人間てと思い、少し泣きそうになった。

夜中に、お腹がすいたような気がしてカレーを作った。
作っているうちに、あれ?私は自分が食べたいわけではないみたいと気がついた。
かといって、仕事をしているスイセイにというわけでもない。
何にむかって、にんじんの皮などむいているのだろう。
今日1日、私は料理をしてなかったからだなと気がつく。
料理きちがいだ。

●2002年4月2日(火)

クウクウの日。
仕入れの時に、「行者にんにくだよー、北海道の。元気になるよー」と八百屋のおじさんが明るい声で叫びながら、行者にんにくを醤油に漬けたのを箸でつまんで食べさせてくれる。
「酒が3割で醤油が7割。砂糖も少し入れた」と、作り方まで教えてくれる。
思わず買ってしまいました。おじさんは、「おとうさんに食べさせると元気になるよ」とも続けて言っていた。群がっている主婦たちは無視していたが。
お通しにしようかと思ったけれど、にんにく臭が強いので、きゅうりやセロリの葉といっしょに細かくきざんで、酒と醤油に漬けた。おかかも入れて。ランチ用のおいしい漬物になった。
東急デパートの呼び込みのおばちゃんもおもしろかった。
ねぎを売っているおばちゃん。
「○○ねぎですよー、今日は2本も入っていますのー」きどっているのだ。

●2002年4月1日(月)

夕方まですっかり寝てしまった。
朦朧としながらリビングをうろついていたら、りうも起きてきた。
すっかり寝ぐせのヘアースタイルで、「春は魔ものだ」とか言っている。
いくらでも眠れるのだそうだ。
りうが家に1日中いるのはめずらしいので、甘えて買い物をたのむ。
晩ご飯のおかずで、何でも好きなものを買って来てと。
ぶりの切り身と刺身盛り合わせとちんげん菜、どら焼きなどを買って来てくれました。
ぶりの照焼きには、冷蔵庫でずっと眠っていたゆずを絞った。ちんげん菜のおひたしを添えて。
良美ちゃんが送ってくれたにんじんは、千切りにして軽く塩でもんでサラダに。
あと、新ごぼうとにんじんで豚汁にした。
波照間のにんじんは、へんな甘みがなくておいしい。
にんじん嫌いのスイセイも喜んで食べていた。


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