2003年10月上

●2003年10月10日(金)晴れ

昨夜は夜中にスイセイと大げんかした。
それでずっと悶々としている。
胸のところに綿が詰まっている感じのまま、次の撮影のレシピ書きをやり、原稿書きもやっている。
スイセイとちよじはデザインフェスティバルというのに出掛けていて、今夜も夜ご飯がいらないそうなので、私はジムにでも行ってこようかな。
それとも布団をかぶって寝てしまおうか。
ジム、行って来ました。
あ―――、なんかすっきりした。
今日は早歩きの30分があっという間だった。
考え事をしていたからだろう。
そして、腹筋やら、腕や腰の筋肉を鍛えるのをやっているうちに、ふと気がつくと、肉が痛かったり重かったりするだけで、頭の中がカラッポになっていた。
マッサージの機械にゆっくり寝そべったり、ブルブルするやつを仕上げにやって、ストレッチは軽めにやった。
帰りに、「高山なおみ先生でらっしゃいますか?」なんて、いつもジムに来ている女の人に声をかけられ、ハッと我に返ってしまったが。
まあ私は、高山なおみなんだから仕方がない。
今日はもしかして満月か? ユミちゃんが、もしかしたら陣痛がきているかも。
自転車をこぎながら、満月を仰ぎながら、「ユミちやん!ユミちやん!」と声を出して応援の気持ちになる。
さて、思いのほか原稿書きがはかどっている。
合間に玄米を炊いて、だしをとり、里芋を煮含める。
新里芋だ。
この間「のらぼう」に行った時、「みいさん、新里芋が出てきましたねー」とマキオ君が教えてくれた。
お通しで出たんだけど、ほくほくして柔らかく、とってもおいしかったんです。
そういえば最近スーパーで、皮の薄い、地肌が透けたみたいな大きい里芋が198円で売っているのが気になっていた。
そうかー、これが新里芋かーと思って昨日買っておいたんです。
しかし、ちょっと失敗してしまった。
帰って来たスイセイたちと話を聞いている間に、煮すぎてしまった。
新里芋は、本当に早く柔らかく煮えるんだな。
今まで私は知らなかったよ。
そういえば、この間真ちゃん宅にお邪魔した時、洋子ちゃんがおいしいかつおぶしをくれた。
かつおぶし屋さんのかつおぶしだそうで、「かつおぶしは息をしてるから、密封したらだめなんだって。この紙袋ごとおいておけば1ヶ月はだいじょうぶだからって、おばさんが言ってたよ」と教えてくれた。
いつも私は、大きいタッパーのようなものに乾燥剤を入れて密封していたが、なんですぐに色が変わってしまうんだろう?とずっと思っていたんです。
洋子ちゃんの言う通りに、紙袋のまま、使ったら口をひもで締めて室温に置いているが、ぜんぜん色も変わらず、香りもあっていつまでもすごくおいしいのです。
もう2週間以上たっているというのに。
これも私は今まで知らないことでした。
そして、今夜のご飯はなし。
里芋をひとつつまんだだけ。
今、原稿書きにはまっているので、まったくお腹が空かないんです。

●2003年10月9日(木)晴れ渡った秋の空

11時くらいから、チバちゃんの掃除機をかける音がする。
そして、皿を洗ってくれている音も。
そんなのを遠くで聞きながら、ぼよよーんと私だけはまだ寝ていた。
今日はスイセイ、ちよじ、チバちゃんで、川原さんの本棚(スイセイ制作)の組立て作業をやるんだそうだ。
川原さんもやって来た。
起きてみたら、大テーブルに並んで4人が朝ご飯を食べている。
その様子は、合宿所の様でした。
後片づけも、狭い台所に並んで皆でやっている。
さっき、大荷物を手分けして運び、出て行きました。
まず近所の公園に行ってヤスリがけをしてから、川原さんの家に運んで組み立てるんだそうだ。その公園のことを、「青空工房」とスイセイは呼んでいる。
全部終わったら、打ち上げをして夜ご飯を食べてくるらしい。
私は夕方からスカパーの打ちあわせがあるし、仕事もたまっている。
原稿も書き始めなければならないので、ちょうどよかった。
今夜はご飯を作らなくていいから、ひとりで適当にやろう。
それにしても今日は良い天気だ。
ベランダには、ちよじとチバちゃんの赤と青のシュラフがかわいく並んで干してある。
さあ、ひとりの世界に入っていくぞー。
頭の中では、郁子ちゃんとタカシ君の「ラブ・フォーエバー」のデュエットがずっと鳴っている。
耳の中でそれを聞きながら、私もラブフォエバーと歌うと、ふたりの声になって聞こえてくるのです。
お昼は、玄米おにぎりとひじき肉味噌の混ぜごはん。
夜は、しいたけ、小松菜、天かす入りの温かいお蕎麦を作って、テレビなんか見ながらひとりで食べる。

●2003年10月8日(水)曇り

朝帰りでした。
チバちゃん(波照間で友だちになった)にはちよじの部屋でシュラフで寝てもらった。
ちよじは昨日写した写真を現像に出しに行くと言って、12時から出掛けて行きました。
朝、スイセイとふたりでうどんを食べたらしい。
私とちばちゃんは2時まで寝て、玄米を炊き、残りもので朝ご飯。
全員二日酔いなので、だらだらと過ごす。
布団の中で、フィッシュマンズのビデオなんか見ているうちに、チバちゃんの鼻息が寝息に変わった。
つられるように私も惰眠。
けっきょく8時までだらだらと寝てしまった。
夜ご飯は、白菜と塩豚の酒粕煮の冷凍してあるのを発見したので、生クリームを加えてスパゲティにしました。
それを3人で食べ、だらだらとお喋りなどしながら過ごす。
それにしても昨夜は楽しい夜でした。
タカシ君は、歌にすっかりはまっていた。
いったい何曲歌ったのだろう。
フィッシュマンズの「いかれたベイビィー」も歌ってくれた。
郁子ちゃんとのデュエットがまたすごく良くて、あー、歌っていいなぁ、いいなぁと、何度も私は思いました。
歌が上手に歌えるって、明るいことだなー、人を幸せにするなー、平和にするなー。
アンコールに入ってからも、5曲くらい歌っただろうか。
もっとかもしれない。
1曲1曲、本当に、歌うのが楽しくてしょうがないというのが伝わってくる。
11時までやっていました。
ご飯の時間をのぞいて、3時間歌っていたことになる。
こんなライブってありますか?。
タカシ君は本当に体も気持ちも歌い切ったのだろう。
終わってからうんとしばらく、控室にひとりとじこもっていた。
打ち上げの時に、「サヨナラカラー」ができた時の話や、タカシ君が若くして有名になってしまった頃のたいへんだった話なども、初めて聞いた。
さて、チバちゃんは今日ずっとパジャマで過ごしていたが(私もだ)、そのまま今夜も泊まることになった。
今は、スイセイとくだらないような話や真面目な話なんかをして、淡々と盛り上がっている。
この時間の切れ目のなさって、まるで旅行中の感じだ。
二日酔い旅行中だ。
明日は打ちあわせもあるし、そろそろ「○ウネル」の原稿も書き始めなければ。
ちよじは11時頃にぐったりとくたびれて帰って来た。
今日も誰かの写真展に行ってきたらしい。
なので、コーヒーをいれてやった。

●2003年10月7日(火)曇り、肌寒い

今朝はちと二日酔い。
昨夜「ハナレグミ」があまりに良かったので、ワインをぐんぐん飲んでしまったのです。
ご飯までの前半は軽めにかなり抑えていたと思いきや、お腹もいっぱいになって体も気持ちも温まった頃、後半の2曲が、あまりにすごい緊張感でもってピークに達した。
「ハンキー・パンキー」と「サヨナラカラー」だ。
これは私的な感想だから皆それぞれだと思うが、そういうコントラストのつけ方って、たかし君の技量だと思う。
私は完全にはまってしまい、涙なくしては聞けなかったよ。
今回のライブは、ファンクラブの方々が半分とクウクウのお客さんが半分でした。
ふだんはただのレストランだから、ライブハウスに比べたら客席もぎゅうぎゅうだし、音響も充分ではないし、スタッフたちも慣れてなくてどんくさい。
けれど、クウクウのスタッフたち全員が、来てくださったお客さんひとりひとりに、どうやったら喜んでもらえるかとそればかり考えているので(遅れていらした人にもドリンクを出すのをがんばっちゃったり、リーダーなんか後ろの席の人たちが見えないといやだから、家から座布団なんか持ってきていた)、かっこ悪いんだけど、クウクウって私はひじょうにかっこいいなと思った。
タカシ君も、すごくたくさん歌ってくださった。
終わったのは10時を過ぎていました。
軽く打ち上げをして、「じゃあ、また明日」と言い合いながら帰ってゆく、事務所側のスタッフたちと、それを見送る私たち。
クウクウスタッフが少し残って、自然に今日の反省会になる雰囲気。
共同作業の楽しさよ。
そして、好きな人たちにまた明日も会えるという嬉しさ。
私は、「じゃあまたあしたー」の踊りを踊って帰って来ました。
さて、今夜はどんなことになりますか。
終わってから打ち上げもあるそうなので、それもまた楽しみである。
しかも、シークレットでクラムボンの郁子ちゃんがゲストだというではないか。

●2003年10月6日(月)冷たい雨

昼にりうが来た。
今日はクウクウで「ハナレグミ」のライブなのです。
私はまだ寝ていたので、ちよじが皆のスパゲティを作ってくれた。
スイセイとりうはスタッフなので、1時くらいに出掛けてゆきました。
ちよじもカメラマンを頼まれている。
私は受付係だから、夕方行けばいい。
今夜は盛り上がるはずだから、それまでにちょっとひと仕事しておこう。
赤澤さんとの仕事のメニュー出しと、「○ウネル」原稿についてのいろいろだ。

●2003年10月5日(日)薄曇り

1組の料理教室。
塩だらのペーストを作り、それを使ったコロッケとグラタンをやった。
生徒さんたちがすり鉢を使っている時、今までなんとなく気になっていたことに、ハタと私は気がついた。
それはこういうことだ。
料理をする時の姿勢(気持ちの)が、どうも弱々しいような気がする。
そしてそれは、自信のなさからきているのだろうか。
さらに、自分の味覚を信じるというのは、やっぱり難しいことなんだろうか。
もしかしてそれって、自分の感じ方に自信が持てないっていうことか? それは料理に限ったことではなくて・・。
などと、ふと考えてしまいました。
これは永遠のテーマだなー。
けれど、料理上手になることの第一歩なのかも。
教室で緊張させてしまっていることももちろんあるだろう。
皿と皿がぶつかって大きな音をたてたりする時、「あっ!」という緊張感が走る空気というのは、なんとかしてほぐしてあげたいものだ。
料理の中には、皿を割ってしまったり、勢いあまって盛りつけたものが床に落ちたり、焦がしてしまったり、あふれさせてしまったり、そういうこともすべて含まっていると思う。
だからたとえば、私のだいじにしているすり鉢を生徒さんが誤って割ってしまったとしても、私は怒らない。
それが自宅で教室をやっていることの意味だし、人が集まって何かをやる時のエネルギーの出方のひとつだと思うから。
夜ご飯は、豚肉のしょうが焼きゆでいんげん添え、かぼちゃのポクポク煮、茄子の油焼き(茄子は厚めに切り、油は少なめでも、ずっとフライパンにのせておくだけで中まで焼ける。油をしみさせるのではなく、まわりをしっかり焼くことで、じわじわと熱が中に入ってゆく焼き方。しょうゆをチロッとかけてこしょうをひくだけ。ちよじがこれをたいそう気に入っていた)、つみれ汁(昨夜の真鯛塩焼きの骨でだしをとった)、玄米。
さて、今夜は見逃せない番組ばかりで、ずっとテレビにかじりついていた。
まずは、サザエさん誕生日スペシャル。
35年前に放送されたのを3本やったんです。
ということは、私が小学校4年の時だ。
つまり、カツオと同世代ということ。
全員のキャラが、現代のサザエさんよりも倍くらい激しくて驚く。
そして皆やけにやつれて、ひざ小僧が飛び出し、顔にしわもある。
サザエさんもやつれているけれど、おっぱいだけはボインだった。
現代のワカメはきちんとした良い子というキャラだが、昔のワカメは怒りっぽく、ひがみっぽい。
貧乏だし、家族全員がなんとなくいじきたなく、悪い所はいっぱいあるのだが、その分家族の一致団結度はすばらしく、つつましい幸せが盛り上がる。
1話の15分がひじょうに奥深く、フネが夜中に針仕事をする背中のシーン(静止画)だけでぐっとくる感じでした。
そうです。それがまさに私の子供時代だ。
11時からはNHKアーカイブスで「おはなはん」もやった。
私が小学校2年から3年までの、朝の連ドラだ。
毎朝見てからぎりぎりで学校に行ったことや、学校を休んだ日は、祖母といっしょに昼ご飯を食べながら、再放送を見るのが楽しみだったことなど思い出す。
祖母との昼ご飯はいつも、煮込みうどんだった。
私は学校が嫌いでよくずる休みをしたが、祖母はまったく怒りもせず、「なーみちゃんとおはなはんを一緒に見れて嬉しいだよー」なんて、いそいそしていたことも思い出しました。
私は勉強ができなくて、しかもひどい吃りで内気な子だったけど、祖母はいつでも笑っていて、何も言わなかったなー。
私にとっては祖母が「おはなはん」だったんだなと、今になって分かりました。
名シーンでこんなのがあった。
運動会の日、娘が苦手な徒競走に出るのをいやがって泣いていた時、おはなはんは背をかがめて娘の手をしっかり握って言っていた。
「勝つばっかりが競争ではないんよ。ビリになったとしても、転んだとしても、おまえが一生懸命走ったら、それはちっとも恥ずかしいことではないの。とても立派なことだから、お母さんは褒めてあげますよ」。

●2003年10月4日(土)穏やかな秋晴れ、夕方になって雨

朝起きたら、ちよじはもう出掛けていた。
今日は川崎で森山大道の公演会があるらしい。
整理券が配られるから7時起きだと言っていたが、ちゃんと間に合ったのだろうか。
1時からは赤澤さんと打ちあわせ。
すごく久しぶりで嬉しく、ちょっと私ははしゃぎ気味であった。
こんどの撮影、カメラは斎藤君にやってもらえることにもなり、最後にお茶をこぼしてしまったほど。
さて、着実に終わってゆくと同時に、やらんといけないことも増えてゆく今日この頃です。
午後いっぱいは、大テーブルをいっぱいに使ってデスクワークに励む。
夕方になって、おいしい魚屋さんに買い物。
姫さざえのつぼ焼き、上海ガニ、もどり鰹の刺し身、お頭つきの真鯛。
なんというご馳走だろう。
けれどこれが安いんです。
上海ガニが500円で、真鯛(小さめ)は700円だ。
8時頃ちよじが帰ってきた。
整理券は350人中60番代だったらしい。
休憩のあと、森山大道さんに質問するというコーナーがあったんだそうだ。
ちよじは最初からずっと手を上げていたがなかなか指されなくて、「あと二人ほどで終わりにしますって司会の人が言ってからやっとあたったんやけど・・」。
私「なんて質問したの?」 ちよじ「あのな、写真見てくれますか?って聞いたん。そして、もし今日見てもらえなかったらあとで連絡先を教えてくれますか?って」。
確かにそれも質問だ。
他の人たちは皆、写真についての普通の質問をしていたそうだが。
「口の中が乾いて唇が切れてしまったわ。緊張しすぎて」なんて言っている。
すでにちよじは、前回東京に来た時、大道さんの事務所を捜してほとんどあてもなくバスに乗ったり、新宿の歌舞伎町をうろうろしたり(本人に会えると思って。しかも歌舞伎町ではない所を思い込んで歩いていたらしい)していたのです。
会いたい一心で。
夜ご飯は、真鯛の塩焼き、姫さざえのつぼ焼き、鰹のお刺し身、上海ガニ、白菜の煮浸し、ちくわとねぎとしし唐の塩炒め、焼き茄子とにらの味噌汁、玄米、食欲みそ。
魚がおいしいので、おいしい日本酒(岡戸さんにいただいた)も少し飲む。
この間買った葉しょうががしなびてきていたので、ぜんぶ刻んで食欲みそを新しく仕込んだ。
にらもしなびかけていたのを刻んで混ぜてみたら、にらが大正解でした。

●2003年10月3日(金)秋晴れ、ジャケットが暑かった

朝起きたら筋肉痛だ。
スイセイに言わせれば、これは喜ばしいことだそう。
筋肉が切れて、新しい筋肉ができ上がろうとしとるんじゃから。
11時から打ちあわせ。
けっこうさくさくっと12時半には終わった。
3人で豆乳みそ雑炊を食べ、私とちよじは青山へ。
まず、丹治くんの新しい仕事場にお邪魔する。
思っていたよりずっと家庭的な事務所で、窓からは緑も見える。
入ってすぐにいい感じがしたので、とても安心しました。自分の場所ではないけれど。
これからここに何度もお邪魔できるよう、私もいい仕事を頑張ろう。
そして、「ギャラリー360°」にまた行く。
最終日だったので立花君にも会えました。
くさったような古い紙の白いところが、シミがあったり傷があったり日に焼けていたり、今日は昼間だったから、またこの間とは違った感じに見えた。
正午の陽がサンサンと入る頃も、また微妙に違うんだろうな。
私は立花君のくさったような紙から、普遍的な暮しの歴史を感じる。
死ぬことを含んだ、人が生きてゆくことの当たり前さを感じる。
だから文章の本を、いつかぜったいに立花君と作りたい。
その本は、誰か買ってくれた人の部屋に何十年もあって、その人の家族や子供もいつかそれを手に取ってくれる。
いろんな人の手垢がついて、ボロボロになっていく本の本当の幸せ。
立花君の作品を見ながら、その本の実物が頭の中で見えました。
そういえば、川内倫子さんの料理が写った写真にも、同じような感じを受けたなー。
川内さんの料理は、死の匂いがちゃんとする。
なんて言ったら怒られるかもしれないけれど、私はつねづね思うのです。
料理って、活き活きとおいしくてみずみずしくて汗くさい、という生きることに積極的な要素ばかりではないじゃないですか。
食べたいとか、おいしいとか、くだらないとか、飽きるとか、そういうものも全部含めて日々のご飯なので、ぴかぴか光った料理の写真ばかり見ていると、最近の私は少し違和感がある。
だから、川内さんの料理の写真は、私にはすごくおいしそうに見える。
いつか、撮っていただきたいなと思う。
さて、ちよじに東京の電車を教えながら、新宿をまわって西荻へ。
「どんぐり舎」でおいしいコーヒーを飲み、「のらぼう」で軽くごはん。
秋刀魚のお刺し身サラダ(水菜、ルッコラ、ほうれん草)、かぶのしょうゆ漬け、米茄子のチーズ田楽、小松菜の煮浸し、生麩の照焼き銀杏添え、カキの炊込みごはん(土鍋ごと)。
ひさびさに行ったが、あーやっぱりとてもおいしかった。
カキごはんをスイセイのお土産にして、ちよじとてくてく夜道を歩いて帰る。
ちよじは、写真を撮る時に前の日からずっと、ものすごく緊張するんだそうだ。
「舌の端が上がるほどドキドキするんや」なんて言っていた。
ちよじの言葉はおもしろい。
体(からだ)言葉だ。

●2003年10月2日(木)秋晴れ、陽射しが暑い

金木犀の匂いはますます濃くなっている。
まさに秋まっさかりだ。
1時から打ちあわせ。
私のアイデアはスムーズに通り、さらにふくらんで、1時間ほどで終わりました。
昨日の撮影のレシピ直しをチャカチャカと終わらせ、スイセイとジムに行く。
ちよじは留守番だ。
ひさびさのジムはなかなか辛いものだった。
ステップ(階段を登るようなもの)運動は10分も続けられなかった。
そして、足をガクガクいわせながら早歩きの機械に乗る。
これも途中でばててしまい、20分でやめた。
そのかわり筋トレを頑張りました。
背筋、腹筋も鍛え、腕の筋肉のもやった。
そしてベルトがぶるぶる震える機械であちこちマッサージをする。
帰るとすぐに、ちよじが「お茶のむ?」なんて言って、冷蔵庫から麦茶を出している。
くーっ、こんなことがあるとは。
私はぜんぜん期待していませんでした。
ただの麦茶だが、誰かにいれてもらったお茶は格別にうまい。
ちょっと休憩して、図書館へ。
私のカードを使ってちよじが3冊、私は7冊借りてきた。
夜ご飯は、麻婆なす春雨(撮影残りのいろんな肉をミンチにして)、ターツァイの塩炒め、ごぼうとれんこんの薄味きんぴら、キャベツとにんじんの酢油かけ(キャベツとにんじんは大きめに切り、かるく塩もみしてまだ半分はシャキシャキが残っている状態で、酢、白ごま油、しょうゆを少々かけた。サラダのような、浅漬けのようなおいしさ)、わかめのわさびじょうゆ、塩豚焼くだけ、玄米、豆腐の味噌汁。
ちょっといろいろ作りすぎてしまった。
3人前のご飯の量をまだつかめていないのだ。
りうが一人暮らしを始めたばかりの頃にも、スイセイと二人分のご飯の量がつかめなくてやっぱり作りすぎ、冷蔵庫にはいろんなおかずがいつもいっぱい状態であった。
ご飯を食べながら朦朧となり、スイセイの喋っている声が遠のいて、口の動きだけになった。
でもちよじが相手をしてくれているので、だいじょうぶだ。
明日は11時から打ちあわせなので、今夜は早めに寝よう。
夜、風呂から出てきたちよじのネグリジェ姿(ぜんぜんいやらしくないネル生地の)を見たスイセイが、「そんな服も持っとんたんか」とそれだけ言って、自分の部屋に入って行ったんだそうだ。
そのことを私に伝えながら、ちよじは2回ほど思い出し笑いをしていた。

●2003年10月1日(水)秋晴れ

「今夜はサイコー!」っていう歌声が、ずっと頭の芯で鳴りながら寝た。
あんまりよく眠れなかったが、9時半には起きて、バッチリ目を覚ます。
掃除はちよじにお願いし、買い出しに。
朝っぱらから大量の豆腐を買う女だ。
12時から撮影。
10品だったが、鍋ものがいくつかあったし、小さいカットも細々あったので、終わったのは日も暮れて5時半でした。
途中、一瞬だけふーっと気が遠くなったが、エプロンの紐をしめ直して頑張った。
最後は、アシスタントのちよじと気持ちをひとつにして乗り切りました。
本澤さん(編集者)とは、変なところでまったく気を使わない間柄だなーと、今日つくづく実感した。
プライベートではベロベロになるまで飲み明かす仲間だが、分かりやすくて、普通においしい料理を、どうやって紙面で見せたらいいかということだけに、気持ちをぐっと終結できる間柄でもある。
しかも、緊張感バリバリではなくゆるいくらいなのに、いちいちパッと反応し合う感じ。
だから撮影もとても楽しいんです。
夜、りうが来る。
ちよじとりうの初顔合わせだ。
ちよじは写真、りうは映像。
ふたりとも25歳。
向こうの部屋で、なんだかごちょごちょ生意気な話をしているのが可愛らしい。
夜ご飯は、撮影の残り物ばっかり。
これから雑誌に載るものばかりなので、今日は書かないでおきます。
あー、私はくたびれた。
腰と背中がひさびさに痛いっすよ。



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