2003年4月中

●2003年4月20日(日)曇り、夜はしみこむような春の雨

ゆうべは楽しい夜でした。
またまた牧野さんにお会いしてしまった。
根本きこさんや渡辺有子さんや、私の大好きなコーヒーの本の中川ちえさんにもお会いした。大勢の知らない人たちのパーティーってけっこう苦手だけれど、ゆうべはとても楽しかった。ブラジル音楽でちょっと踊ったし。
終わってから、みどりちゃん、牧野さん、丹治君と「太陽」へ。
パーティーではワインばっかり飲んで、料理を食べそこねたので、ごろごろハンバーグ、めざしのごま揚げ、豚バラ大根、大根サラダなどしっかり食べました。
今日は、ちと二日酔いだったが、てきぱきと起きて風呂に入り、スイセイとお買い物だ。
靴下を干すハンガーを買いに、わざわざ三鷹まで歩いて行った。
その後私は吉祥寺にまわり、明日の撮影用の仕入れをする。
スイセイの大好物「ブリの押し寿司」が売り切れだったので、「マスの押し寿司」を買ってみました。
今、お茶をいれておいしく食べました。
夜ごはんは、手羽先の中華煮、鯵の干物、とろろ芋、玄米。

●2003年4月19日(土)晴れ、午後から曇り

なんと、病み上がりのくせに、りうの部屋を大掃除して床にはワックスもかけ、机を引っ越しした。
初めて自分の部屋ができました。
今は、夕方で涼しい風が吹き、木のところに鳥がきている。
机を窓際に置いたので、私の大好きな3本の木が近くなった。
今日発見したのだが、桐の木にはもうふたつほど薄紫の花が咲いている。狂い咲きか? なんか、気持ちを新たに文章が書けそうな予感。
とにかく、パソコンの前に座るのがすごーく楽しみになりそうだ。
夜8時から赤澤さんの結婚パーティーがあるので、出掛けてきます。
太陽でみどりちゃんと待ちあわせだ。
風邪をひく前よりも、私はうんと元気になっているみたいな気がする。

●2003年4月18日(金)晴れ、夜は外と室内が同じ温度

起きられそうだったので、洗濯を軽くする。
しかしやっぱり、風呂に浸かってもだめだし、朝ごはんも味がしないし、体が怠くてたまらない。微熱があるのだ。
薬が強いせいなのかも?とも思うが、もう一日寝ていようかと思う。
それにしても、寝込む時って反省モードになる。
4時くらいまで寝ていたが、電話で起こされたので、もう起きてしまうことにした。
今日は、あちこちの編集さんが入校なのだろう。たくさん電話がかかってきた。
掃除機をかけたり、台所を片づけたりしているうちに、なんとなく元気がもどってきました。
たった2日寝込んでいた間に、どんぐりの木は花が長くのび、葉っぱも大きくなっている。仕事の電話やファックスもたまって、雑誌もいろいろ送られてきてたまっている。
スイセイがジムの帰りに、農家の野菜を売っているところで「菜花」を買ってきてくれたので、夜ごはんに豚肉と炒めようと思う。
夜ごはんは、豚肉と菜花とピーマンの炒め物、とろろ芋、板わさ、油揚げと蕪の葉の味噌汁、玄米。
夜、元気になってきたので、パソコンに向かい、原稿を書き始める。
風呂から上がって窓を開けると、外と部屋の中の温度がまったく同じな気がした。
今夜はおぼろ月夜だ。

●2003年4月17日(木)晴れ

病院に行ってきました。やはり風邪だった。
部屋の中はカーテンを閉めたまんまだし、ゆうべの食器も洗ってない。
病気の時は部屋が薄暗くないとやってらんない。気持ちも暗いのだ。ちょっとだけひきこもりのひとの気持ちがわかる。
卵うどんを作って今から食べようと思う。
薬を飲んで、今日はこれからひたすら眠ります。
9時に起きて、それでも夜ごはんを作る私。
ハウスのクリームシチューと、茶飯を作った。すごいとりあわせだが、私は具合が悪くなると、どうもインスタントものが恋しくなる。子供時代にそういうのがごちそうだったからか・・。
やはり食欲がないので、シチューを軽く1杯だけ食べて薬を飲み、すぐに寝た。

●2003年4月16日(水)晴れ、あたたかい

二日酔いだし、鼻がぐずぐずする。どうやら風邪もひいたみたい。
朝、6時半に起きて新幹線に乗って帰って来たが、ずっと寒けがしていた。
風邪をひいたら塩ラーメンだろと思い、夕方、サッポロ一番を作ってはみたものの、半分も食べられない。味がしないんです。
布団に入っても寒けはとまらず、夜になって38度の熱が・・。
それでも夜ごはんを作りました。スイセイがずっとひとりご飯でかわいそうだったので。
ぶりの照焼き、春菊のおひたし、めかぶ、たこの刺し身、大根の味噌汁、玄米。
私は食欲がなく、まったく食べられない。
そして春菊は、今は時期でないのに買ってしまった。
明日の打ちあわせもキャンセルさせてもらいました。
ゲラチェックやらメニューアイデアやら、必死でやってファックスする。
くーっ、とにかくつらいのでもう寝ます。

●2003年4月15日(火)小雨、肌寒い

いしいしんじの「プラネタリウムのふたご」、「クウネル」3色弁当を買い込んで新幹線に乗る。実家へ帰るんです。
3色弁当は、とりそぼろ、焼き鳥、いり卵がのっかっている。
おいしいが、思っていたものとちょっと違った。けっこう薄味なのだ。駅弁というものは、それなりに甘辛い方が好みだな。ほんのちょっと紅しょうがをのせてあるのが、すごくありがたかった。
小田原から熱海の間に、海がでっかく見える所がある。ずっと奥の遠くの方まで雨が降り注いでいる、広い大きい海。
さいきん私は、自分も含め、人間の頭の中がいちばんすごいと思いこんでいた。
頭の中で考えたことは、真剣に強ければ、けっこうどんなことでも実現可能なのだと、全知全能のように思っていたところがある。思い上がっていたなぁと、海や、竹やぶでびっしり埋まっている山々が目に飛び込んできた時に、はっ!とそう思った。
今の私に足りないのは、でっかい自然だ。人間の考えてることなんか、ちっぽけでへなちょこだとぶんなぐられるようなものが、いつもそばに在るということ。それってだいじなことだよなーと思う。
ところで昨日から、実家の解体作業が始まっている。
いちど改築したこともあったが、おそろしく古い家なので(たぶん100年とかだと思う)、地震がきたらぺっちゃんこになっちゃうから、こぢんまりと小さい家を新築して、ついでにアパートも建てるのだそう。
子供のころ住んでいた家だから、壊すところをぜひ見学したいと思って帰ったわけです。
写真を撮って、放り投げてあった釘入れの箱を拾った。仕切りのついた、なんでもない木の箱だが、家のひいじいちゃんは大工だったので、子供のころからその釘入れは家にあった。もしかすると、私が生まれる前からあったかもしれない。
最終の新幹線で帰って来るつもりだったが、姉の作ったごちそうを食べ、日本酒など飲んでいるうちに泊まることに。
姉の旦那さんがどんどん日本酒をつぐので、私はすごく酔っぱらった。
そしてみっちゃん(双子の兄)に抱きついた。しかも泣きながらだ。私は、みっちゃん好きだよーというつもりで抱きついたのに、「なみちゃんもたいへんだな。何かあっただらー、いろいろあるさやなー」なんて、背中をトントンされながら慰められてしまった。
母は、相変わらずだった。
家を建て直すまでの4ヶ月くらい、鍵も満足に閉まらないようなぼろぼろの1件家に住むことになったのだが、「お母さん、ここにずっと住んでもいいくらいだよ。快適で快適で、神様に感謝だよー」なんて言っている。いつどこにいても幸せになれる人だ。
そしてアパートの名前を「牧師さんと相談して聖書からとるだよー」と張り切っていた。
猫の名前を聖書からとったというのにもあきれたが、アパートの名前までも・・・。

●2003年4月14日(月)曇りだけど暖かい

ちょびひげみたいに若葉が出ている木が向こうに見えるが、あれは確かイチョウの木だ。
あれも今のうちだ。そのうちすぐにわさわさになっちゃうんだから。
1時から打ちあわせ。次の撮影はお茶づけ5品だ。
みどりちゃんと、憧れの久家さんとやれるので、今からすんごく楽しみです。
2時には終わり美容院へ。
帰りにおいしい魚屋さんに寄る。さざえの刺身のおいしそうなの(肝も生)と、鯵の刺身と、あさりを買う。
八百屋さんでかぶやら油揚げやら買っていたら、「季節のもんを食べるのがいちばんいいよねぇ〜」というおばさんの声が聞こえ、ついつられて新じゃがを買う。
鹿児島産の赤っぽい皮の大きい新じゃがだ。
帰ってからすぐにゆでて食べました。
新じゃがは水分が多いので、すごいとろ火でゆでても20分くらいでゆだった。
塩と黒こしょうをつけておいしく食べたが、さいしょにひと口だけ、何もつけないで食べたのがいちばんおいしかった。
夜は、本のための原稿書き。
夜ごはんは、さざえの刺身、鯵の刺身、かぶと油揚げの炊いたん(おろしぎわに蕪の葉も入れて、片栗粉でとろみをつけた)、明太子、玄米、あさりの味噌汁。

●2003年4月13日(日)快晴、空は青

今朝もまたりうが来た。食器類を取りに。
りうのアパートは水道の水がまずいんだそうだ。錆の味がするんだって。
「家賃が安いから、しょうがないのかなぁ」なんて言っている。
「そんなことはない。大家さんに相談してみな」などと、スイセイと口々に言い合う。
りうが帰ってから、「なんか、ふつうのええ家族みたいになってきたのぅ」と、スイセイは嬉しそうだった。
さあ、今日こそ原稿を書き上げなければならぬ。
おとといくらいから書き始めたのに、どうも気分がのらなくて、ぜんぜんできないのだ。
うーん、苦しい。
「ツクピー、ツクピー」ときれいな声がするので、双眼鏡を持ってベランダに出ると、小さい鳥が木のてっぺんにとまっていました。
目の周りやほっぺたが白く、しっぽはちょっとだけ長くて黒い。やっぱり、シジュウカラだ。鳴き声を聞いて分かるようになってきました。
どんぐりの木もすっかり若葉が出そろって、葉っぱが長くなってきている。
下を見ると、ハルが前足をふんばってのびをしているところだった。
すっかりのどかな春って感じだ。
スイセイがショウゴの展覧会に行くというので、わらびのしょうがじょうゆ和えを作ったり、またパソコンに向かってみたり、冷蔵庫をのぞいてシュウマイの皮があったので、チーズとピザペーストを包んでひねり揚げにしたり。どうもひと味足りないので、塩、ガーリックパウダー、一味唐辛子を揚げたてにまぶしたら、一気においしくなりました。若もの好みの味だ。
なんてことをしながら、まだ原稿は書き上がらず・・ 今、9時です。やっと書き上げました。あとは一晩ねかして、明日の朝もういちどチェックしよう。そして、あーー、サザエさんを見るのを忘れたことに気づく私だ。
ウルルンだけは、どうしても見よう。
夜ごはんは私ひとりなので、今、卵をゆでている。
冷凍しておいた豚角煮に入れるつもり。あとは小松菜をゆでて、玄米にのっけて食べる予定だ。ひとりのご飯もたまには楽しみ、けっこうウキウキです。

●2003年4月12日(土)さめざめとした雨

2時まで寝ていました。
母がボケた夢をみた。
街の真ん中で、とつぜんおっぱいをはだけて仁王立ちしている母は、目の焦点が合ってなくて、話しかけても私が分からない。ばあさんなのにすごく体が頑丈で、気性が激しく、鬼のような目をしていた。真っ先に私はおぞましいような気持ちになり、次に恥ずかしくなって、母を路地裏にひきずり込んだ。
もしも現実に母がそうなった時、私はいったいどうするだろう。
一も二もなく、そんな母の面倒をみようと思うだろうか・・・ なんて、布団の中でぼんやり考えていた。
けど、たぶんそうなったらそうなったで、けっこう脱力して楽観的になれそうな気もする。そういう時は、自分のできることを小さく、身近に考えていけば、まちがった道には行かないような、そんな気がする。
さて、りうのいない昼ごはん。
そんなのは今までだって何度もあったのに、なんか決定的にちがうんだなー。ゆうべもスイセイが「なんか空気がちがうのう」とぽつりと言っていた。
スイセイにはキャベツと生ハムとタップナードのスパゲッティー、私はチーズトーストとミルクコーヒーを作って食べた。
たまっていたゲラをチェックしたり、請求書を送ったり、原稿を書いたりして過ごす。
夜ごはんは、小松菜入りスープ餃子、きんぴらごぼう、姫えび(本澤さんにいただいた台湾土産)とねぎの卵焼き、玄米。
卵焼きは、万能ねぎの青いところがしなびかかっていたから入れたのだが、えびからだしが出ておいしくできた。水とガラスープの素も入れたので、ふわふわ台湾風だ。

●2003年4月11日(金)曇りのち雨、けっこう肌寒い

スイセイと寝ていたら、ばたばたとりうがやって来て、ゴシゴシタオルや歯ブラシやスリッパや化粧ポーチなど、引っ越しで忘れたものを取りに来た。
なんでそんないちばん身近なものを昨日忘れたのだろう。べつに困らなかったと言っていたが。
弁当を作ってやろうかとか、朝ごはんはどうしたんだとか、まるっきり世話焼きの母親状態になっていた私だが、これからバイトだそうで、風のようにりうは帰ってしまいました。
ぽかんと空いたりうの部屋を掃除しなければならないのだが、どうもやる気にならない。
部屋のドアを開けると何もない空虚なので、閉めたまんまだ。
筍ごはん、海老と青菜の中華あんかけをスイセイの夜ごはんのために作って、早めの夕方から原君宅へ。
ほんとうにひさしぶりに行ったが、お母さんは覚えていてくれた。2ヶ月以上たっているだろうか。
わらびのアク抜きしたのを持って行って、おかあさん用にはやわらかくゆでた。包丁で細かくたたいてしょうゆで和えてやったら、ぬめりが出ておいしくできました。
それを、ツーッとすすって飲み込むお母さんの顔は、ちょっと小さくなったような気がしました。
森下やマツナリも来て、ビールやらブランデーを飲んで終電で帰って来た。
なんだか私はけっこうたくさん飲んだのに、ぜんぜん酔っぱらわなかった。



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