2002年4月下

●2002年4月30日(火)

眠る時というのは皆ひとりぼっちだなぁと思いながら、そして眠るということは、自分の感じをじっくり味わえるしあわせなことだなぁと何度も目が醒め、また眠る。
ゆうべ私は撮影が終わってビールを飲んで、クウクウに様子を見に行き、厨房の子たちを怒ってしまった。
自分の中に口うるさい頑固ばばあがいて、それが最近ますます強く太くなってきていることを感じます。怒った後というのは、相手のこともへこますし、自分もへこますもんだったなーと思いながら、とぼとぼと帰って来ました。
寝ながら、私はいくつも夢をみる。夢というかビジョンというか。
その中に、誰かに説教されているというのがよくあります。言葉が耳の後の方から聞こえてくる。内容は具体的なことではなく、何かを暗示するような意味のことを、その声は延々と私に説教するのです。
今日もそうだった。けれどそれはとてもためになることだと分かっていて、寝ながら私はその通りだと思っている。そして起きてみると、何のことだったか忘れている。
たとえてみると、その声はインディアンの長老のような感じなのです。
けどそれが、私の中の頑固ばばあのような気もする。

●2002年4月29日(月)

無事、「ひと皿料理」の1日目の撮影が終わりました。
料理手順の写真を撮りながら仕上がりを写していくので、夜8時くらいまでかかるのではないかと覚悟していたが、5時には終わりました。
スタッフ全員の気持ちが、その流れに乗っていたからだろうと思う。
今日のアシスタントはくまちゃん。
初めてなのに、その気のまわし方は完璧でした。
何を作るかレシピをあらかじめ渡しておいたから、きっと暗記するほど予習をしてくれたにちがいない。くまちゃんはそういう苦労を見せない人だけど、きっとそうだと私は勝手に想像してしまう。ありがとうございます。
料理は、自分で言うのもなんですが、ぜんぶがおいしかった。
ひと皿料理とか、ワンプレートとか、私はカフェブームに辟易しているので、今さらという気もするけれど、胡麻はちゃんと煎ってすりばちでするとぜんぜんおいしいよとか、まぐろのタタキをフライパンで焼くより網で焼いた方がだんぜん香ばしいよとか、はじめての人用の簡単に作れる料理本なのに、そういうところをだいじに伝えてくれる本(ムック)なので、良い仕事をさせていただいてます。
身近な安い材料で、しかもシンプルな調味料でおいしく作るというのも私の考えにぴったりくる。
あと2日撮影があるので、なんだか楽しみ。

●2002年4月28日(日)

朝起きたら、梅醤番茶のおかげでのどの痛みは消えていた。
クウクウではシタ君が風邪をひいていて、営業が終わってからちいちゃんがクコ酒のお湯割りを作ってあげていた。それを両手でかかえてちょっとづつ飲んで、ニターっと嬉しそうなシタ君。
クウクウはランチも夜も(ゴールデンウィークだから)大忙しな毎日で、皆がんばっているのだ。

●2002年4月27日(土)

夜、のどが痛かった。
ほんの一点が痛かったので、これが拡がると風邪をひくなと思い、熱めの風呂に入り、ストーブをつけて温泉枕で腰を温め、首にタオルを巻いて梅醤番茶の熱いのをぐっと飲んで寝た。
梅醤番茶というのは、梅干しとしょうがと醤油ちょっとを番茶で割ったもの。
昔クウクウにいたマッキーに教わった、れっきとしたというか、民間治療法です。

●2002年4月26日(金)

朝、8時に起きて原稿を書いた。
まだ酔いが残っている頭で。とてつもなくたいへんな作業でした。
鏡を見ると、お岩さんのように目が腫れ上がっている。
2時間近くかかって500字を書き上げ、無事送信しました。
夕方の打ち合わせのために、アイスノンで目を冷やしながらうろうろと寝た。
寝ても醒めても半睡眠の状態で、打ち合わせの料理についてのことを考えていた。
鶏肉の焼き方について。盛りつけの様子について。
ばかか私はとぼんやりと思いながら。
しかしすぐに料理の頭になって、繰り返し焼き方について復習していた。

●2002年4月25日(木)

撮影。
日置さんとスタイリングは池水さん。そして編集の藤原さんと日置さんのアシスタントの娘。
私はひとつひとつきっちりと料理を作り、盛りつけ、写していただく。
何もムダなもの(気持ち)がなく、おっとりと、しかし素早く出来たての料理が写真になってゆく。連載の仕事なので、この4人の組み合わせは4回目なのだが、今日初めてその心地良さを強く感じました。
夕方からは新人さんの面接と本の打ち合わせ。
けっきよく、朝4時まで赤澤さんと飲んでしまいました。
なんかよく分からないのだが、今日あったいろいろなことを想い、自転車をこぎながらだーだーと泣いた。
帰ってからもスイセイの部屋で涙は止まらず、胸の中の塊が涙になって溶け出したような感じだった。けれど、私はこの塊の熱をこらえて、へその下のところにぐっと溜めなければならないのに、とも思いながら。
スイセイはまじめな顔をして、酔っ払いのつぶやきを最後まで聞いてくれた。

●2002年4月24日(水)

雑誌の打ち合わせ。例の、買い物に行かなくてもあるものでできる料理の。
その後は、お茶についてのインタビュー。
明日の撮影用の仕入れに出た帰りに、ちょっとクウクウに寄って、皆の様子でも眺めながらチビビールを飲もうかねと脳天気に思っていたら、クウクウはものずごい混んでいた。早番の子たちが残業していたので、私も春巻きなど巻いてちょっと手伝った。
もうビールどころではなく、ごめんなさいーという感じで帰って来ました。
夜ごはんはまた試作の日々。
ナンプラーを使った火を通す料理の。
鶏肉の焼いたのと、ブリを焼いたのとふたつ主菜が重なってしまい、私はきゃらぶきの煮たのばかり食べていた。スイセイのリクエストで作ったはまぐりの潮汁でさえ私にはくどすぎる。

●2002年4月23日(火)

ゆうべは、撮影が終わってから飲みに行ってしまった。ひとりで。
「晩酌や」さんへ。それで今日はふつか酔い。
けっこうビールを飲んで焼酎のボトルもいれて、最後にワインも飲んで、知らないおじさんやおばさんたちとバカ話に盛り上がった。懐かしい歌謡曲がいろいろかかっていて、「いい唄だよなー」と、口の悪いおじさんがうっとりしている。さっきも同じ曲の時にこの人はそうつぶやいていたが。
そして下田さんに誘われるままもう1軒行ってしまった。おにぎりを食べて緑茶割りを1杯飲んだ。下田さんが、おにぎりを自分の手でもういちどにぎりながら(片手で)食べていたのを覚えている。いつもこうやって食べるのだろうなーと思いながら私は見ていた。
もうべろべろでした。なんか、楽しかったなあ。
帰りに自動販売機でジャスミン茶を買って自転車に乗ろうとしたら、そのままバーンとこけた。
こけて道路に倒れたまま空を見上げ、自由だなあと自分で感動し、少し泣いたような気がする。
なんで酔っ払って自転車で転ぶと自由なのだろう。
帰ってからスイセイの部屋に行って、ここに泊めてくれ〜と甘えたらしい。
しあわせな晩でした。
朝、ばななさんから本が届いたので起こされて、一気に読み終えました。
「虹」だ。マスミちゃんの絵もすばらしい。私がごはんを作りに行った時、ひたすら描いていた絵だ。あの絵たちが、これでもかというくらい塗り込んであって、人物の肌が黒光りしていた。
友人だから時々忘れてしまうが、やっぱり原君はすごい。しつこさに脱帽だ。
そして、「虹」は良い小説でした。
私は時々自分の気持ちを言葉に表わせなくて、それは誰でもない自分の感情なので、共通言葉としての言葉の中に収められないというような、自分だけでしか感じられない特別なことのように思いすぎるようなもどかしさがある。あー、うー、ぶー、と赤ちゃん語でしか伝えられないような。
ばななさんの文は、それが確実な完成度で表わされていた。
個人的な微妙な主人公の気持ちや、その場の空気感を、耳から入って胸に響く音楽のように、さらさらと気持ち良く言葉のつながりだけで、体感できてしまう。
私は知らないうちに主人公になっていて、本の中で恋愛をし、泣いていた。
夢をひとつみたような感じだった。自分が主人公の。
小説というものは、そういうものだ。
良いものをいただきました。
余韻にひたって、もうひと眠りしてしまった。

●2002年4月22日(月)

撮影の日。
朝早起きして掃除をし、ジョニミッチェルの白いアルバムをかけてミルクティーを飲んだ。
最後に「サークルゲーム」が入っているアルバム。
ふと気がついたのだが、これは20歳の頃働いていた「グッディーズ」という店での私の定番でした。朝、鍵を開けて店に入り、オーブンを温めながら掃除をする。
その時にいつもかけていたアルバムだ。当時はレコードでした。
重たい木の扉を開けて、店に一歩入った時の店に染み着いたコーヒーとケーキの匂い。
夏はひんやりと、冬は温かい、外とまったく違う店の中の空気。
ここが自分の居場所だと思って、毎日働いていた。
あの頃よく聞いていた音楽を、24年経った今だに、私はいくつか聞いている。
マリアマルダーやブルースコバーンやフィービースノウやペンタンクル。
それって音楽を聞いているというよりも、あの頃の場所の空気を聞いているという感じだ。

●2002年4月21日(日)

今日も静かな日曜日でした。
お客さん方は、さっと来てごはんをささっと食べて、早めに帰って行く。
ほとんどの組が。なんでだろう。
連休に備えて控えめな遊び心になっているのだろうか。
こういう仕事をやっていると、人間の考えていることや気分ていうものは大差ないなと感じることがよくあります。天気にも関係あるけれど、それよりも外の空気の盛り上がり度っていうか。やけに昼間が夏っぽい日だったとか、熱っぽいというか、頭がばかっぽくなる日というのは、お客さんもたくさん来てゆっくりしていってくださる。
あと、日によって注文されるものが片寄るってことも、ぜんぜんある。
中華っぽい日とか、洋ものっぽい日とか。餃子屋か?ってくらい焼き餃子デーっていう日もあるのです。
話はぐんと変るが、波照間島の良美ちゃんからこの間メールがきた。
4月15日は旧暦の3月3日で、女の節句なのだそうだ。それは島の女たちが処女になる日。
毎年「浜下り」というのをやるらしいが、その年の悪いものを海がきれいにしてくれるということらしい。珊瑚の割れ目を跨ぐことがひとつの儀式だそうで、良美ちやんは毎年ついでに股を洗って来るのだそうだ。子供の頃から母親に言われていたので。
そして、海の恵みの貝を拾いながら帰るんだそうだ。
貝はバター醤油焼きでいただきました、と。
なんと理にかなった良い行事なのだろう。


日々ごはんへ  めにうへ