2007年7月中

●2007年7月20日(金)曇り一時雨

昨夜テレビをつけたら、ちょうど河合隼雄さんが話をしていた。
脳梗塞で倒れたと聞いていたけど、(ああ、よかった。お元気になったんだ)と思い、最後まで聞いた。
隼雄さんはとてもお元気で、次から次へとおもしろい話をしていた。
頭の中に話したいことがどんどん浮かんでくるよで、時間が足りなかった。
そしたらそれは、脳梗塞で倒れる3ヶ月前の録画を放送していたことが、番組の最後に分かった。
それでも私はまだ亡くなったことを知らず、今朝起きて、新聞でやっと知った。
河合隼雄さんは、私の中で、ひとつもごまかしがない数少ない大人だった。
私の父親世代で、心から立派だなあと尊敬している立派な人だった。
偉大な人なのにちっともえらぶらないし、世の中に媚びない。
ハーーー、と思いながら朝風呂に浸かる。
出てきたら、「みいよう… 」とスイセイ。
そのあとは、言わないでも分かってる。
顔に化粧水をはたいたり、テキパキと着替えながら、でも、私が引き継いでゆけばいいんだ、と思う。
今日もまたレシピ書き。
来週は3日間撮影があるので、テキパキとやった。
夕方、パラパラといきなり大粒の雨が降り出し、すぐに止む。
コンビニにコピーをしに行きながら、紀ノ国屋へ買い物へ。
コーヒー豆と、アロマのマッサージオイルも買って帰る。
夜ごはんは、いかのワタ詰め焼き、ミニトマト、ゴーヤと青じその梅種醤油、チゲ鍋(生たら、浅蜊、豆腐)、玄米。

●2007年7月19日(木)明るめの曇り

ハ〜〜、よく寝た。
シーツの海の中に、体を伸ばすようにしながら、背中をほぐしながら寝ていた。
おかげで11時までぐっすりだった。
でも、夢で料理を作っていた。
夢の中でも赤澤さんはペンを片時も離さず、私の隣に立ってメモしている。
自分にもだけど、赤澤さんにも(お疲れさまです… )と寝ぼけながら思った。
ひさびさに湿気が少なめなので、洗濯物をいっぱい干す。
部屋干していたものが、やっとカラッと乾いた。
さて。
来週の撮影のレシピを書き始めよう。
夜ごはんは、たとと海老のトマトソース・スパゲティ、白菜のサラダ(みょうが、青じそ、クレソン)。

●2007年7月18日(水)雨?曇り?、肌寒い

8時起床。
10時半より、6日目の撮影。
くー。
今日は、時間をかけて作る料理が重なったので、手順をそろえるのに手間取った。
アリヤマ君と千草ちゃんも来てくださったので、ちょっと緊張もした。
早めに夜ごはんを食べ、丹治君が録っておいてくれたビデオを延々見る。
テレビにつなぐコードはないので、ハンディカムを片手で支え、畳んだ布団によっかかって。
料理する自分の手元とか、フライパンの音とか。
ヒラリンがせっせと立ち働く姿とか、みどりちゃんが台所をのぞきに来て何か喋ったりとか。
つい最近の、記憶も新しい時間が再生されるのだけど、夢をみているようなふわ〜〜っとした心持ちになる。
丹治君は、ミニバラの隣にある植木鉢を這っているカタツムリのことまで、ジーッと録っていた。
次の料理が始まってまた台所に戻り、料理が出来上がると、そのうちまたカタツムリの映像になっている。
さっきまで植木鉢の中にいたが、クーラーの室外機の角を這っていたり。
植木鉢によじ登ろうとして、体が伸びていたり。
室外機も植木鉢もベランダの隅っこにあるのだから、どんな体勢で丹治君はカメラを覗いていたのだろう。
様子を見にきたスイセイに、「みい。顔がデレデレしよるで」と言われる。
こうやって繰り返しビデオを見たり、たくさんビデオを広げてえんえん見るのを、「ビデオおこんじきさん」というそうだ。

●2007年7月17日(火)曇りのち小雨

くー。
くたびれたけど、今日の撮影もまた楽しかった。
下ごしらえをして、うわーっと作っていった感じ。
自分でも思ったが、ガツンと力が入って、キレのある味にできた。
中華料理が多かったのです。
もしかすると、中国に行くようになってから、私は中華料理が上手になったかもしれない。
味そのものだけでなく、中国人のことや暮らしの空気を体感したおかげで、中華料理の元祖を知った!ということになったのかも。
まだまだ数回しか行ってないし、ここ最近だけのことだから、えらそうなことはいえないが。
『じゃがいも料理』の本の撮影の前に、フランスに行った時にもそうなった。
かといって、完全にフレンチになるというわけではなく、どうしようもなく私風の料理なのだけど。
4時半くらいに撮影が終わり、最後の料理を皆で味わって解散。
ヒラリンがあと片づけをしている間に、明日の準備をやる。
買い物に行き、明日の仕入れ。
スーパーで、のり巻きやコロッケも買った。
アイスクリームを買おうと思っていたのだが、おいしそうな大粒の葡萄があったので、自分へのおつかれさまとして買った。
マスカットのようだけど、楕円形のロザリオという名前。
あとで、風呂から上がったら食べよう。
夜ごはんは、ちょっとずつの撮影残りもの、小松菜と豚こまの醤油炒め、のり巻きと稲荷寿司(スーパーの)、コロッケ(スーパーの)。
残りものがちょこちょこあるし、明日もひき続き撮影なので、作ったのは炒め物だけ。
「みいは、料理作りた病になっとる」と昨日から言われているので、手抜きのごはんにしてみた。

●2007年7月16日(月)晴れのち曇り

「ヘンリー・ダーガー展」の最終日だったことに昨夜気がつき、早起きする。
朝ごはんを食べ、帰ってから気持ちがいいように掃除もし、いざ支度をして出掛けようとしたら、地震があった。
「ヘンリー・ダーガー展」は、すごい人だった。
狭い部屋の中に、3列くらいになって絵を眺めるのは、ちょっと辛かったな。
最初の部屋にあった、暗い色のでっかいコラージュがおもしろかった。
部屋の中の写真もおもしろかった。
電話帳のスクラップブックとか、切り抜きの紙の束が何千枚も重なって、朽ちている様子とか。
座りっぱなしの腰かけ(座るところの中身が飛び出している)とか。
ダーガーは、日常的にその椅子で眠っていたらしい。
ソファーではなく、腰かけの上で。
午前中に出たので、たっぷり時間がある。
美術館までの道がよく分からなくて、ぐるっと回ることになったが、おかげで水が流れている緑の公園やら、感じのいい坂道やら、スイセイとてくてく歩いた。
帰りに美容院に寄り、明日の撮影の仕入れもたっぷりして帰ってくる。
家に着いたらまだ3時半くらいで、なんだか、品川まで散歩に出たような日だった。
帰ってから、試作とレシピ直し。
夜ごはんは、ゴーヤチャンプル、茶わん蒸し、お刺し身(真鯛、カンパチ)、もやしの味噌汁、玄米。
夜、地震のニュースをひたすら見る。

●2007年7月15日(日)台風、雨が降ったり止んだり

11時過ぎまでしっかり寝た。
これでもか、これでもかと。
でもたまには1日中、まったく何もせず、いくらでも夢をみながらひたすら寝くさっていたいものだ。
本の撮影が終わるまでは、きっと無理だろう。
今日もまた試作とレシピの直しなどして、着々と来週の撮影に備える。
明日は雨が上がるみたいだから、仕入れやら街に出掛ける用事をしよう。
今、大きめの鳥がベランダの柵のところにとまった。
頭が黒いからオナガだと思うけど、強い風と雨のせいですっかり体が毛ば立って、見るかげもない。
くしゃっとして、寝起きの男の子みたいで、なんかかわいい。
最近、窓を閉めてパソコンをやっていると、雀がとんで来てベランダで休んでいる。
こちらを向いて、けっこうゆっくりしていってくれる。
外からだと部屋の中があまり見えないのか、私がじっと座っているから、安心しているのか。
さて、夕方になったら『まる子』と『サザエさん』だ。
『まる子』を見ていたら、青空が出て、東の空が明るくなった。
夜ごはんは、エビチリ、あっさりラーメン、春雨と胡瓜のサラダ。

●2007年7月14日(土)ずっと雨

よく降るなあ。
梅雨らしい日。
洗濯物が乾かないので、小さい扇風機を出してきて当てている。
さて、今日もレシピ書きの続きと試作だ。
本当は美容院に行かなければいけないんだけど。
まあいいか、という気持ち。
この天気では、どこに行くのもおっくう。
丹治君から電話があり、「昨日の夕焼けもまた、とってもきれいでしたよ。こっちはそんなでしたけど、そちらはどうでしかたか?」。
小川がチロチロ流れるような、ふわふわと辺りに漂っているような、なんだか懐かしく、やけにホッとする電話の声だった。
そういえばこの間の撮影の時にも、丹治くんの声が柔らかく耳に届いて、慌ただしい時間がふっと止まった瞬間があった。
今、丹治くんは事務所の引っ越しも控え、猛烈に忙しいと思うのだけど。
さーて、そろそろ買い物に行ってこようか。
夜ごはんは、鰈の煮付け(ごぼう、ゆで小松菜添え)、ゴーヤチャンプル、キムチ(白菜、エゴマ)、南瓜の味噌汁、白いご飯。

●2007年7月13日(金)曇り

12時まで眠って、やっと疲れがとれた。
本の撮影、どこかに力が入っているのか、1日が終わると、とてもくたびれていることに気づく。
とても楽しいのだけど、ぜんぶ終わると、使い果たした感がある。
日置さんの写真は、いい意味でプレッシャーがあり、私はずっと張りつめているんだと思われる。
起きて、遅い朝ごはんを食べ、レシピ書きに集中。
夕方まで夢中でやった。
今日は、とても嬉しい仕事の依頼がきた。
まだ詳しくは書けないけど、今までいちどもやったことがない、新しいこと。
驚いたのと嬉しいので、ドキドキした。
スイセイに報告しながら、うれし涙が出るほどだった。
それで分かったのだが、私はこのところ、ちょっと元気がなかったみたい。
本の撮影はとても充実しているのだけど、終わるとシューッと空気がしぼむようになる。
それは、このところのしめぼったい天気のせいもきっとある。
でも、直接の原因は、ニュースのせい。
中国の食べ物の悪いニュースばかり、このところたて続けに入ってくるからだ。
ふーーーっと、重たいため息が出る。
もちろん本当のことだろうし、日本の食肉の事件とも重なっているから、そういうニュースが増えるのは仕方がないとは思う。
でも、一部の心ない人たちの悪さが、中国全土の人たちに、あっさりイメージを重ねられてしまうことに、胸がつぶれるような、どよーんとした気分になる。
仕事でお世話になっている中国人スタッフや、通訳の方々や、料理を教わったおばあさん(主婦。長いことお手伝いさんをやって、いろんな家庭のごはんを作っていた)のことを、私は心から好きなのだ。
中国の人たちのことも、中国のことも。
通訳さんは、移動中の車の中で食べられるように、おいしい肉まん屋さんに早朝から並んで、私たちのために買っておいてくれた。
市場でおばあさんといっしょに買い物をした時、同じ野菜でもどんどんはね、本当に新鮮で味がよさそうなものだけを選んで袋に詰めていた。
そんなことは当たり前で、お店の人もちっともいやな顔をしない。
消費者の目はとても厳しく、作る側も売る側もそれをわきまえている。
市場やスーパーで食材を見るたびに、「この野菜は目にいいです」とか、「肌にいいです」とか、「のどにいいとおばあさんに教わりました」などと、通訳さんが手にとっていちいち教えてくれる。
こんなハイテクの時代なのに、食べ物の効能や薬効について、代々受け継いできているこの国の人民性や長い歴史のこと。
おばあさんに料理を教わった時、言葉は通じないけれど、食材を扱うちょっとした手つきの中に、何千年も昔から流れるただならぬ思いがしみ込んでいるのを感じた。
それは、食べ物に対する熱だと思う。
私は、私はその熱の方を信じています。
夕方、ヒラリンから電話があり、清水農園の野菜をいろいろ持ってきてくれるそう。
梅干しの赤じそをお願いした。
梅酢はとっくに上がってきているし、そろそろ清水さんのところに採らせてもらいに行かなければと思っていた。
けどこのところ、撮影の合間はレシピ書きと試作の日々だし、7月いっぱいは撮影週間なので、気がぬけなかったのだ。
6時過ぎに届けてくれた。
新聞紙に包まれた赤じそは、ピンピンと元気で、とても驚いた。
ピーマンもでこぼこの肉厚で、ミディトマトも皮がはち切れそう。
なんか、こういう元気を私は忘れていたな。
今夜の夜ごはんも、忙しさにかまけて、スパゲティか何かにしようかと思っていたのでとてもありがたかった。
ごはんの支度をしながら、さっそく赤じその始末をし、梅酢の中に漬ける。
今年の梅干しは、いろんな気持ちが含まれているな。
夜ごはんは、枝豆、茶豆、とうもろこし、豚こまとピーマンの味噌炒め、水茄子とみょうがの塩もみ、焼き茄子、たたき胡瓜(味噌添え)、納豆、玄米。
今夜の食卓は、「清水さん祭」だった。
茹でたての枝豆もとうもろこしも、おいしくてたまらなくて、スイセイと争うようにして食べた。
1本だけの貴重な焼き茄子も、水茄子も、甘くてとろけそうだった。

●2007年7月12日(木)曇りのち雨

7時半に起きた。
昨日ゆっくり休んだので、朝から張り切って掃除をし、スーパーに仕入れ。
10時半に皆が集まってきて撮影。
撮影が終わって、川原さんに来ていただき、『チクタク食卓』の打ち合わせ。
くー、さすがにくたびれた。
今日の撮影は、湿気が多く、体が重たかった。
夜ごはんは、撮影の残りやおにぎりを、スイセイとふたりで勝手に食べる。

●2007年7月11日(水)小雨

梅雨らしい日が続いています。
昨日の撮影は順調に進み、終わってから残ったメンバーで軽く飲み会になった。
みどりちゃんは車を置いていった。
赤澤さんとみどりちゃんと3人、ひさびさに女同士で顔をつき合わせて飲んだ(スイセイとヒラリンもいたけど)、という感じだった。
撮影でお腹がいっぱいだったので、つまみはほとんど作らなかったけど。
中年の女3人が飲み始めると、ついつい歳の話、体の話、男の話になる。
ちょっと下ネタも入る。
短い時間だったけど、楽しかったな。
ふたりは10時くらいに帰り、いつものようにヒラリンとスイセイと3人でもう少し飲んだ。
最近、ヒラリンのことが、どんどん家族のようになってきた気がする。
もちろん仕事の時は対等にやり合っているんだけど、お酒を飲んだりして話していると、隣に座っているヒラリンが、りうとほとんど同い年だったことを急に思い出す。
というわけで、二日酔い。
1時半まで寝てしまった。
明日もまた撮影だから、今日はいい休みだ。
あとで、掃除をして買い物に行ってこよう。
と、思っていたのだが、どうにも頭がはっきりせず、1日中寝たり起きたりしてだらだらとしていた。
お腹がすかないので、ごはんもほとんど作らなかった。
夜ごはんは、肉団子と春雨のスープ(スイセイだけ)。



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